銀座百点 号外39

 わさびさんは感性の人だ、とぼくはいった。それも、独特の審美眼と倫理観に裏打ちされた感性だ。論理だの理屈だのといったヘッタクレは、いとも易々と飛び越えて、すんなりとご自分の結論に達してしまうから、ひとに理解されづらいのもむべなるかなである。
 それなら、そんなわさびさんが不肖飛行船のどの句を選ばれたか、興味がわく。きっと、ほかのお仲間がとられなかった句が見られるにちがいない。
 わさびさん選の飛行船句は、次の通りである。


    赤蕪をはむ妻の歯の白さかな
    葱白し一寸ごとにきざまれて
    口切りを買いひに寺町一保堂
    幼子の掌よりこぼるる雛あられ
    麗らかや妻笑みもらす雛のごと
    桜咲けば桜色の闇押し寄せり
    芹を摘む少年の日の小川かな
    花冷えに妻の掌包む昼下がり
    睡蓮の夢見る如き寝顔かな
    悲しみはいまそこにあるアマリリス
    詩神(ミューズ)見ゆ木の間がくれの紫陽花に
    白い犬バケツの水飲む暑さかな
    向日葵は駅舎の屋根に届きけり
    廃駅のホームのはずれのカンナかな
    鰯雲寺を曲がれば長寿庵
    何となく手持無沙汰や文化の日
    侘助や朱の奥にある紺の色
    大雪や雪なき街の夕まぐれ
    春まだき吐息の中の蜃気楼
    生まれてはまた消へてゆく雪だるま
    一月の炬燵の中の笑ひ猫
    短日や研ぐ米こぼれこぼれたり
    蛤や海市ゆらぎぬ鍋の中
    天金の書を海に捨つ二月かな
    春の宵何願かける橋づくし
    紐育ティファニーの角の余寒かな
    風に舞う夜の桜を忘れまじ
    テーブルの皿輝ける復活祭
    春の宵ふと道迷ふ坂の上
    君の眼の五月の鷹を解き放て
    ペダルこぐ少女白靴自慢なり
    秋近し狼男月に吠ゆ
    十月の蜂閉じこめしインキ壺
    凩の窓叩く夜となりにけり
    焼栗のほのかに甘しねむれ巴里
    天帝に捧げむとして注ぐ新酒
    煙突のある風景や風疼く
    雪だるまとり残されて夜の町
    赤錆の鉄路に近く豆の花
    くさぐさの花春愁をさそひけり
    張り混ぜの怪しき日記二月尽
    割箸や夏の宴の式次第
    炎天の六区めぐるや日和下駄
    一日を寿ぐヱビスビールかな
    本伏せて耳を澄ませば秋隣
    硯洗ふ書かれぬ文字の流れたり
    燈台へ行く道昏れる盆の海
    サフランを摘めば世界のほころびぬ
    約束の地遙かなり破芭蕉
    紙袋叩けば秋の驚きぬ
    秋燈にしわ目立ちたる紙袋
    寒燈下大木あまりに叱られる