銀座百点 号外40

 鶉さんと万作さんは、実務家である。実務家でありながらロマンチシストである。そして、どちらも血が熱い。しかし、よく似ているようで、似ていない。似ていない証拠は、選句を見てみればわかる。
 それでは、鶉さん選の飛行船句から見てみよう。


    汗ばみし八十八夜草競馬
    鉄塔に少年の夏輝けり
    猫の目に夏の扉の開かれん
    万緑に吾子の浴衣の金魚かな
    廃駅のホームのはずれのカンナかな
    カルピスや夏には夏の愁ひあり
    秋燈や机上に紫苑物語
    鰯雲寺を曲がれば長寿庵
    掌の中の宇宙淋しき実紫
    冬薔薇の咲けば霙る垣根かな
    漱石忌襟正しをる招き猫
    まづ二礼何を祈らん酉の市
    侘助のまとひし白星更紗かな
    深き川静かに流れ小晦日
    しぐるると見えで傘の輪ひろがりぬ
    短日や研ぐ米こぼれこぼれたり
    晩年のまた一人なり夜の梅
    春の宵何願かける橋づくし
    三月の水を湛へる手水鉢
    寒けれど一口坂の桜かな
    麗らかや火の見櫓の消防夫
    リラの頃カサブランカの旅寝かな
    キリストも異端者なりき蛇苺
    不定形の猫眠りつつ夏に入る
    さそり座の男ときめく薄暑かな
    ラムネ玉口もとで鳴り秋近き
    旅せんかオリーブの実の熟す頃
    病む妻のあしたへ後の更衣
    寒昴われも火宅の人ならむ
    身をもんで訴へる子よ枇杷の花
    寺院への道さびれをり十二月
    赤錆の鉄路に近く豆の花
    たんぽぽやテニスシューズに紐通す
    とりあへず夏の別れのビールかな
    晩夏光世界の果てにつれてつて
    缶ビール二本飲む間の海の色
    外套に虫喰ひの穴純老人