銀座百点 号外91

「私の文学放浪」のなかに、吉行淳之介の創作の秘密が書かれているので引用する。創作の秘密であるとともに、家庭を顧みなくなる作家の性分が語られている。


 文学の世界への入門書として母親の与えてくれた書物は、石坂洋次郎『美しい暦』と阿部知二『朝霧』の二冊である。
 この二冊を、私は面白く読むと同時に、白線の帽子をかぶる高校生活はいいものだ、という感想をもった。二度目の中学五年に戻ってから、私は一生懸命、受験勉強をはじめた。その期間、ある女性に惚れた。コリンヌ・リシェールに似た美女で、少年の恋におわったが、おかげでたくさん勉強ができた。女性に惚れているときによい仕事ができるという恋愛と仕事との相関関係は、このときを初めとして三十代の半ばまでつづいた。