銀座百点 号外90

「年譜」の「一九五九年(昭和三四年)三五歳」の最後に、「この年、娘麻子生まれる。」とある。
 吉行淳之介にとって、運命の人といってもいいかもしれない宮城まり子と出会い、恋に落ち、離れ難くなったときに子どもが生まれたのは、悲劇のような喜劇のような出来事である。もっとも、喜劇といっても黒い喜劇であるが。
 翌年の「年譜」の最後に、「この年、大田区千束で宮城まり子と一緒に住み始める。」と書かれている。吉行淳之介は、市ヶ谷の家を妻子ごと捨てたわけである。
 いや、ぼくは、つい早まった。少年は、まだ、病が癒えたばかりのところであった。しかし、死ぬかもしれない病気になって、ようやく回復したあとに少年が感じた喪失感は、けっして忘れてはならない。