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辻征夫という詩人に、「貨物船句集」(書肆山田・2001年1月10日初版第一刷発行)という句集がある。帯の表と裏に、詩人の清水哲男と小説家の小沢信男が推薦文(なんだろうな)を寄せている。
辻征夫にとって、「余白句会」は、無二の楽しみの座であったと確信する。いつもにこにこと決して上手くはない句を握ってはせ参じてきた。自力で歩けなくなってからも、奥さんの肩を借りてやって来た。生まれてはじめて推敲なしの作品を披露する喜びを味っていたのだと思う。その解放感に、心底酔えたのだと思う。いじらしいほどに、句会では嬉しそうだったもの・・・。
(清水哲男)
辺境をめざす者、それを詩人というのだろう。表現の新たな領域へ、開墾の一鍬をふるうことを運命として担う。しかも一見苦渋をみせずにやってのける。辻征夫は、まさしくそういう一人だった。生涯を賭けて。
(小沢信男)
さて、不肖飛行船は、なぜ飛行船と俳号をつけたか。貨物船という俳人がいたからです。
自作の「春の空馬鹿と煙と飛行船」という句をあげて、高い所へのぼりたがるもののたとえだから、とふだん申していますが、じつはそういうわけなのです。
「貨物船句集」のあとがき「貨物船が往く――辻征夫よ」で小沢信男は、(辻が俳号を変えようとしてもどしたことを)「やっぱり貨物船こそはすばらしい。茫漠たる空と海のただなかに、ポッカリうかぶ人工物。船倉には人の世から人の世へ引き渡すものを満載しながら、およそ人界から隔絶して無人のごとき黒い影。」と書いていますが、なぜ貨物船なのか、結局、わからないでいるようです。
ユーミン荒井由実(松任谷由実)に、「海を見ていた午後」という歌があります。その歌詞によく注意してみれば、詩人がどうして貨物船という一見無粋ともおもえる俳号をつけたのかが、わかるような気がします。すくなくとも、ぼくはそうおもうのですが。
あなたを思い出す この店に来るたび
坂を上って きょうもひとり来てしまった
山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる
小さなアワも恋のように消えていった