綴じ込みページ 猫-129

 世のなかには、一足三十五万円の靴がある。もちろん、カスタムオーダーの靴である。高すぎて冗談じゃない、とおもわれるかもしれない。しかし、冗談ではない。しかも、同じ型の靴を一回に十足以上注文しないとこしらえてくれないのである(ずっと昔、オーダーシャツの顧客は、同じ生地で半ダースとか一ダース注文するのが常識だったから、ぼくにもわからないことではない)。
 猫の額ほどの庭を腹立ちまぎれにおもいっきり蹴飛ばしたら、偶然石油が湧いてでて、あれよあれよと大金持になってしまった、などという幸運な人におすすめの靴である。その靴屋さんは、潰れずに営業をつづけているようなので、どうやら庭から石油が噴き出す人はけっこういるのだろう。
 それにくらべれば、たとえ一足十万円といっても、一足から売ってくれる靴というのは手軽でかわいいものじゃないですか。しかも、その四分の一の価格の靴が二三年でへたってどうしようもなくなってしまうのに、十万円以上の靴はソールを修理すれば最低十年は履けるのである。二万円の靴を十年で五足取り替えるのと、ほぼ同額である。
 ファッション評論家の落合正勝は、「高価な洋服を身に着ければお洒落になれるわけではない」と書いている。しかし、「靴は十万円以上」ともいっている。なぜか、「そこには本物だけがもつ、真の機能が備わっているから」(Mens-EXから引用)なのである。