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 たまたま休日にお会いしたわさびさんに(その日の格好を)、
「売れない芸人みたいな服装ね」
 といわれた。
「売れない芸人、ですかね」
 と口のなかでもぐもぐいったが、じつはちょっとうれしかった。平成元年に六十歳でなくなったある作家の服装を思い出したからである。


 阿佐田哲也色川武大)。あの「麻雀放浪記」の作者である。阿佐田さんのジャケットも、とても堅気のものとはおもえなかった。まさか自分が、そんなふうに見えるジャケットを着る破目になるとは。しかも、そんなのがもう一枚あるのである。


 すべては、オークションのせいである。なんのせいか、ときかれたら、そう答えたい。


「試着だけの新品」として出品される商品は、多くの場合、二分の一か三分の一の値段でオークションにかけられる。うまく落札できると、定価ではとても手の出ないものを、格安で手に入れることができる。色、柄、デザインにいささか難あり、という場合もなきにしもあらずだが、ま、多少のリスクは我慢しよう。なんてったって、安いのだから。


 フジヤ・マツムラという銀座の舶来洋品店に育てられたのに、おまえはそれをよしとするのか、という声がどこからかきこえてきそうである。なに、すべてはオークションのせいである。