綴じ込みページ 猫-226

 給料日に財布を見たら、まだ一万円残っていた。ぼくは、生活費と食費と小遣いがごっちゃになっているから、この一万円がどの分の残りかはわからない。ともかく、余録のようなものである。そこで、速やかに消費してしまおう、とおもった。


 ぼくには、ついつい後回しにして買いそびれているものが、いろいろある。たとえば、鬼籍に入った辻征夫の詩集がそれである。


 つねづね、ぼくは、辻征夫の詩が好きだと口にしてきた。ところが、実際には、詩集は一冊も持っていなかった(もっとも、最近、岩波文庫から「辻征夫詩集」が刊行されたから、いまは谷川俊太郎選のその一冊だけ所有していることになる)。これはいかにも図々しい話だが、書店の詩のコーナーで辻征夫の詩集を立ち読みしてはファン面していたわけである。お恥ずかしい。


 言い訳すれば、(ぼくより十歳年長の)この詩人の存在に気づいたときには、すでに(寡作の詩人としては)けっこうな数の詩集が上梓されており、まとめて購入するにはちょっと手にあまったからである。ぼくは、当時(いまでもあまり変わらないが)、初版本でなければ購入しない方針だった。詩集は、それでなくても高価である。周回おくれで追いつくには相当の決心が必要だったし、ほかにも購入すべき優先順位の高い作家がたくさんいたのである。


 平成八年に書肆山田から「辻征夫詩集成」(既刊詩集十一冊と未刊詩篇収録)が刊行されたときに、本当は買うべきであった。しかし、買わなかった。同時期に、筑摩書房から「井伏鱒二全集」(全二十八巻・別巻二)の刊行が開始されたからである。さらに、追いかけるようにして「深沢七郎集」(筑摩書房刊 全十巻)も刊行されはじめた。そのほかに、好きな作家の単行本が毎月、書店の棚にこれでもかと並ぶのである。辻さん、ゴメンナサイ、である。


 さて、肝心の一万円の使いみちですが、月一回の鈴木歯科メンテナンス(歯のお掃除とケア)と歯ブラシ五本で二千円、池袋西武地階の天一でランチ天丼(赤だし付)千五百円、池袋東武地階のがんこ煎餅の柿の種とかき餅が千五百円、そして池袋ジュンク堂で念願の「辻征夫詩集成 新版」(平成十五年 書肆山田刊 既刊詩集十三冊と未刊詩篇収録)を購入。これでもう似非ファンとはいわせない。一万円あまったとき、最初に思い浮かんだのはこの本だった。これが五千円で、無事一万円投了となりました。めでたし。


 えーと、ですね、帰宅してからトントントンと二階に上がって、うっかり洋服ダンスをのぞいてみたところがですよ、なんと秋冬モノのスーツとジャケット、替えズボンをクリーニングに出していなかったことが発覚いたしました(男やもめにウジが湧くわけですね)。いま、クリーニング屋さんから戻って、渋茶でかき餅を食べながら、あーあ、早く気づいていれば、あの一万円をクリーニング代にまわせたのになー(なにがめでたしだ)、と長嘆息したところであります。