大木あまり詩画集「風を聴く木」『3-花冷え』

 花冷え


あの日のように
桜が吹雪いている。
解体される
この家は廃屋の
荒々しさ。


落花が鱗となって
屋根に貼りついている。
あの日、
なかなか出てこぬ
あのひとを
家の外で待っていた。
桜は子供のわたしを
攫うように
隣のK荘から降ってきた。
素足で穿いていた
ズックを
花冷えが
水のように
浸していた。


家のなかには
子供の知らない
生活があった。
カーテンの隙間から
見えたものは
洞窟の桜と
不気味さ。
衣紋掛けに
吊された
女ものの着物。
それからのことは
記憶にない。
きっと忘れたかったのだろう。
覚えているのは
全身に浴びた
落花の痛さだけ。
そして
桜は恐い花
だと思った。


あの日のように
表札には
「O寓」と書いてある。
むかしここに
ひとりの
老詩人が住んでいた。