あいさつまわり

 挨拶まわり、というのを、しょっちゅう、やっていたような気がします。盆だ、暮だ、正月だ、でご挨拶にうかがいます。それに、展示会が毎月のようにあって、そのつど案内状を届けに歩きました。車でまわるような遠距離は、なじみの個人タクシーを利用していました。
後輩の綿貫君と銀座界隈を歩いてまわったときのこと。タバコを買うから待ってください、といって綿貫君は、指先でタバコ屋のガラス窓をたたきました。タバコ屋の看板娘なんて、いつごろのはなしなんでしょうか。そのころだって、もう、たいていは、おじいさんかおばあさんがすわっていました。
ゴロワーズください」 綿貫君は、おじいさんに声をかけました。「ゴロワ...? は、ありません」ちょっとしょげた声が返ってきました。おじいさんは、もしかしたら、はじめてそのタバコの名前をきいたのかもしれません。
「ありませんか。じゃあ、ジタン」おじいさんの顔がパッと輝いて、「あ、それなら、あります。はいっ」
いきおいよくさし出された手のひらにのっていたのは、仁丹でした。
 綿貫君は、大学を出ても就職せずに、4、5年ブラブラ遊んでいたらしいのですが、いずれ海外に買い付けに行って、アンティークの店をはじめるつもりでいたようです。女友だちのひとりが、新聞に載っていたフジヤ・マツムラの社員募集をたまたま見て、経営の勉強になるかもしれないから勤めてみたら、とすすめたそうです。
 新人は、もちろん店頭にも立ちますが、おもに倉庫の整理とか、入荷した商品の検品、値札付け、支店に送る荷物の梱包、台車に段ボール箱を積んで店だしの商品を運んだりと、作業の連続です。その上、あいまをぬって、お届けにもまわります。綿貫君は、いかにも育ちのよさそうな青年で、すこしも苦にしませんでした。
 ある日、その日は綿貫君の休みの日でしたが、車に乗ってやってきました。黒と黄いろのツートンカラーのロールス・ロイスが通りに停まっています。上司のひとりに、車はもってるの? ときかれて、なにげなく、ロールス・ロイス、とこたえところ、うそつき呼ばわりされたので見せにきた、といいました。とにかく古い型で、テレビの「アンタッチャブル」にでてくるような格好の車です。運転手が当然付くのを想定して作られていて、運転席の屋根はロール式の幌で、しかも左右のドアにはガラスがはまっていません。冬なんか、厚着をして、内側に毛のついた手袋をはめて運転しないことには、凍えちゃうんじゃないでしょうか。うしろの席は箱形で、座席が向かい合っており、応接セットがそのまま車になったようでした。もちろん、ガラスがはまって暖房付きです。
 「ショウファー(運転手)がいないと乗れませんから、ふだんから後輩に管理させて、必要なときだけ迎えにこさせているんです」と、休みの日のリッチな綿貫君は、軽くうなずきました。
 「デビッド・ボウイが来日したときにも、乗せて案内しました。デビさんなんかも送ってあげています」
 隣近所の顔も知らないひとまで集まってきて、かわりばんこに乗せてもらいましたが、ぼくはとうとう乗りそびれました。「父の遺産で、最初に買ったのがこの車です。ひとを乗せるのに、適当な大きさじゃないですか」
 2年後に彼が、フランスにしばらく遊びに行ってきます、と言い出したとき、タカシマさん、あのロールス、似合えばあげますよ、と突然いわれました。うーん、似合うかな?