砂糖部長とワニのベルト

 砂糖部長と綿貫君と女子社員が残りの当番の夜、閉店間際にお客様があった。これから飲みにゆくのに、ベルトがあまりお粗末だと、もてるものももてなくなっちゃうから、といって、ワニのベルトを1本選ばれた。フリーサイズで、バックルを外して余分な長さをカットして、またバックルを取り付ければいいタイプのベルトだった。この寸法調節は、ぼくがいるときならぼくにお鉢がまわってくるところだ。簡単なことなんですけど、案外むつかしい。うそだとおもったら、ご自分で一度ウエストまわりを計ってみてください。それから、ベルトのいつもしめている穴からバックルの先端までの寸法を計ってみると...。
 長い分をカットして、またバックルをつけ直して、出来上がった。綿貫君にきくと、3人で物差しを当てて、お客様そっちのけで、ああでもない、こうでもないといいあって、ようやくカットに踏み切ったそうで、慎重に慎重を期して、けっして間違えようのないほど検討してから鋏を入れ、砂糖部長は満足そうにお客様にさしだした。もうこの古いベルトはいらないから、すてちゃっていいよ、といいながら、お客様は真新しいワニのベルトをスラックスのベルトループに通しはじめた。これから行くクラブかキャバレーで、スーさん素敵なベルトねえ、とかいわれてもてている自分の姿が目に浮かぶのか、顔にしまりがなくなっていたそのお客様は、とつぜんパソコン画面のようにフリーズすると、しめようとしていたベルトに目を落とした。3人も、いっせいに、お客様の手元をのぞきこんだ。ベルトは、お腹をひとまわりして、バックルに端がちょこっとかかっただけで、穴に止めることができなかった。切りすぎて、寸法が足りなくなったのだ。
 なにが起こったのかわかりませんでしたよ、と綿貫君はいった。部長があわてて、もう1本別のをすぐ直しますっていっても、お客様は怒ってすてたベルトをひろって締め直してどんどん帰っちゃうし、入り口のところまで追っかけてありがとうございましたって挨拶してもどってみると、部長が切り落とした端切れをひろって、ベルトの切り口どうしを合わせてたんです。そんなんでくっつくわけないじゃないですか。それから顔をあげて、ニイッと笑ったんですけど、ちょっと肩を落としてさびしそうでしたね。もっとも、イカリ肩だからはっきりしませんでしたけど。
 翌日、支払いは月賦のワニのベルトが、砂糖部長の腰で燦然とかがやいているのを、ぼくは見た。