砂糖部長と牛乳

 名古屋の小児科医のお宅に自動車でうかがったときのことです。年に何回か、車に商品をつんで、地方へ外商にでかけることがありました。9月のはじめで、まだ残暑のきびしいころでした。小児科医のO氏は、もうご高齢でしたが、じつに健康で、毎日きちんと診察しておられるということでした。
 それというのも、砂糖さん、わたしは朝晩かかさず牛乳を飲んでいるからですよ。
 そんなに、牛乳はいいのでしょうか? と、砂糖部長はけげんそうな表情でききました。
 いいですとも、とO氏の言葉にちからがこもりました。今年京大に合格した子は、わたしが小さい頃から診てあげていたが、からだの弱い子でしてな。それが、牛乳をたくさん飲むようになってからというもの、頭はよくなるは背はのびるはで、健康優良児になりましたぞ。
 そうですねえ、と奥様もあいづちを打たれて、ほんとにあの子は背も大きくなって、勉強もできるようになりましたねえ、と大きくうなづかれました。
 どれくらい飲んだらいいんです? 砂糖部長がききました。すこし乗り気になったようです。
 そりゃあ、うんと飲むに越したことはない。紙のパックがあるでしょう? 1000ミリリットルの。あの子は、毎日1本飲んでおった。がぶがぶ水がわりに飲んでましたな。
 そんなに飲むんですか? そんなにといったって、あなた、朝昼晩3回に分けたら、たいした量じゃないでしょう。それで、背がのびますか? のびる。げんにあの子は、180センチ以上になった。大人になったら駄目でしょう? そんなことはない、すこしはのびる。
 翌朝、ぼくとアルバイトの運転手(大学の自動車部の学生を、外商の期間、雇っていました)は、食事もすませて、出発の準備をととのえて、ホテルのロビーで部長を待っていました。約束の時間は、とっくにすぎています。フロントから、部長の部屋に内線しましたが、返事がありません。朝食をとりにでて、まだもどらないのかもしれません。いずれにしても、部長をおいてでるわけにはいきませんから、1面から読みおえた新聞を、こんどは裏から読みかえしたりしていました。ずいぶんたって、砂糖部長はやってきました。こころなしか、足もとがおぼつかない様子です。
 あのね、おくれてごめん。部長の声には、ちからがありません。Oさんのところで、牛乳がからだにいいっていってたでしょ、背がのびるって。だから、ゆうべ、パックの牛乳買ってきて、部屋で飲んだんだ。がぶがぶ水がわりっていうから、そのつもりで。いまから追いつくには、それしかないとおもって。そしたら、お腹が痛くなって、ひと晩じゅうトイレとベッドをいったりきたりで。だいぶおさまったから、でかけよう。
 京都まで、すべてのサービスエリアと、パーキングに寄って、ようやくたどりつきました。
 部長、到着しましたよ。ぼくは、後部座席の砂糖部長をふりかえりました。砂糖部長は、額から油汗をながしています。ううん、と部長はうなると、いま気がついた、背なんかのびるはずがない、とかすれた声でいいました。だって、Oさん、牛乳飲んでるっていってたけど、すこしも大きくなってないじゃないか。