東京日記

 地震のあと襲った津波で、海に面した一帯が水につかったようだが、2度目の揺れで電話もテレビやラジオも役に立たなくなったから、くわしいことがわからない。
 非常に大きな揺れだった。さいわい物が散らばった程度で家は倒壊しなかったが、遠くの親戚はずいぶん心配しているだろう。しかし、連絡がとれないことには致し方ない。連絡がとれないことでは、都内近郊の親戚も同じことだ。ただ、ここは高台で、岩盤が妙に強固だったため、きっと難を免れたのだろう。余震は、ときどき、思い出したようにやってきて、地面が高いビルの上の階のような動きをする。
 バス通りをはさんで、向こう側が3丁目だった。すぐに下る坂道で、その先はだいぶ低くなる。昔は川が氾濫すると、そのへんは床上まで浸水したものだったが、護岸をコンクリートで固めてからは、すっかりその心配もなくなっていた。しかし、水が出なかったどころの騒ぎではない。バス通りから向こうは、すとんと陥没して、切り立った崖になってしまった。3丁目の町ごと深く没してしまい、崖の端に立って恐々のぞいてみても、暗くてどうなったのかよくわからない。道で会った人が、1丁目も2丁目もなくなっている、といった。均等にしっかりとしているものと信じていた足もとが、4丁目の高台を残して、境界から陥没してしまっている。4丁目だけ、絶海の孤島のように孤立してしまったのだ。まわりの土地をふるい落したから無事だったのかもしれない。
 水道もガスも電気も、町から町へつながっていたものは、みんな寸断されている。漆黒の闇のなかで、どの家も非常用のろうそくをともしたり、懐中電灯の光りにたよっている。うちは仏壇のろうそくに火をつけたが、かすかなたよりない光りが揺れている。夜が明ければ、くわしい事情がわかるだろう。ヘリコプターが1機、爆音を轟かせて西から東へ飛んで行った。音が消えると、まえよりも深い静寂が訪れた。
 「クリスマスみたいね」
 仏壇のろうそくに照らされて、恐怖に無理に微笑みながら、妻がいう。
 ともかく、じっと夜明けを待とう。どの家もすごく静かだ。驚いたときには、かえって人は口数がすくなくなるのかもしれない。
 クリスマスみたい、か。4丁目だけ、もしかしたら、長いろうそくのようになって、その上にのっかっているかもしれないのに。
(「私のニセ東京日記」が、また、紛れ込んだようです)