M君との引継ぎ
入社してすぐ、4階の倉庫に案内してくれたのは、M君でした。M君は、倉庫に入ると、すぐ鍵をかけました。
「こうしておかないと、突然だれが入ってくるかわからないから」
そういって窓をあけ、デコラの事務机の上に腰をおろすと、タバコを吸いはじめました。
「タバコ、いけないんじゃないですか。におい、しみつきますよ」
「一本くらい、平気ですよ」
煙りを天井にむけて吹きました。
「ぼくはね、あなたが入社してきたから、もう辞められるんですよ」
M君は、きっとぼくより5歳くらいは若いでしょう。大学を中退したあと、自分のほうからこの会社に売り込みにきた、といいました。ちょうど、いい按配に、若い社員が辞めたばかりのときで、M君は簡単に採用になりました。
「だけど、聞くと見るとでは大ちがい。洋品店というところの仕事が、こんなに大変とはおもいませんでしたよ。だから、辞めますといったら、砂糖部長におこられて、きみは自分で志願してきて、なんだその態度は。辞めるなら辞めてもいいが、かわりが入ってからにしろ、といわれたんです。これですっぱり辞められます」
「退社する日は、きまってるんですか?」
「一カ月後です」
「それまで、短いあいだですが、いろいろ教えてください」
「いや、無理ですよ」
「...?」
「ぼく、あしたから休みとるんです。代休3年分ためてあったから、まるまる1カ月休めるんです。つぎに出てくる日が最後の日なんです」