砂糖部長と鰻

 新幹線に乗って移動していたんですよ、と有金君はいった。
 なぜか自動車は使わずに、新幹線とレンタカーを乗り継いで外商したんです。きっと、ぼくにずっと車を運転させるのは危険だと砂糖部長はおもったんでしょう。3カ月先輩の福居さんもいっしょでしたが、福居さんが免許もってたら交替で運転させたかもしれません。
 この外商はさんざんでしたよ。借りたレンタカーのバンは、うしろのドアの鍵がかからなくてときどき走ってて荷物が落っこちたし、屋根の内側は鉄板がむき出しで、クーラーが効かなくて残暑で焼けるようだったし、福居さんは具合がわるくなって一日ホテルで寝ていたし、ずっと売り上げがわるくて部長はぼくらに八つ当たりするし、エスカレーターのない駅の長い階段をトランクを両手に上り下りしなくちゃならなかったし、あれって1個15キロくらいですかね、しかも自分の鞄も背負ってですよ、ほんと最悪でした。
 行きの新幹線に乗ってるとき、食事の時間になったんです。見ると、部長はよく眠っているんですね、口あけて。デッキに置いてある荷物も見張ってなきゃならないから、ビュッフェには行けないでしょ。そこに社内販売のお弁当が通りかかったんですが、部長は起こしたらまずい気がして。ほら、うっかり起こして、寝てるのになんだよ、って怒られかねませんからね。福居さんと二人で鰻弁当とお茶を買いました。ティーパックの浮かんだ、急須の形をしたやつです。社内販売なんかいくらでも通るから、部長は起きてから好きなの買えばいい、と軽い気持でした。
 二人が弁当をひらいて食べ始めてしばらくしたら、匂いに鼻をひくひくさせて、砂糖部長が眼をさましたんです。
「あ、きみたち、弁当食べてたの?」と起きて坐り直しました。「それで、ぼくのは?」
「なにがいいかわからなかったので」と福居さんが小さい声で答えました。そうしたら途端に「買ってないの?」って、ぎょろりとあの目玉を剥いたんです。でも、食べ物のことで大人げないとおもったのか、なにか文句をいいたそうにしてましたけど、しばらくぼくらが食べてるのを意地悪そうにみていました。
 そういうときにかぎって、車内販売、こないんですよね。せっかく浜名湖の鰻を食べているのに、味なんかぜんぜんわかりませんでした。
 そのうちに、ふと砂糖部長は窓のところに置いてあったお茶に気づくと、並んだひとつをゆびさして、「これ、ぼくの?」ときいたんです。「ちがいます、ぼくのです」って、なぜか口から出ちゃいました。するとこんどは、となりのお茶をゆびさして「これはぼくの?」ときくんです。福居さんがあわてて「ぼくのです」といって手でおさえました。お茶なんか、あげちゃってもよかったんです、あとでおもうと。
 そうこうするうち、やっと車内販売がやってくると、部長が立ち上がって「ぼくに鰻弁当!」と大声を出しました。近くの席で、ふふふって笑う声がしました。でも、鰻はもう売り切れだったんです。売り子を相手に部長は目玉を剥いてましたが、仕方なく売れ残りの乾いた山菜弁当を買って、まずそうに食べました。それから、買ったばかりの自分のお茶を飲もうとして、不器用だからふたにそそぐとき熱いやつを股の上にこぼしたんです。あちーって唸りましたが、手にお茶持ってるから身動きできなくて、足踏みしてました。なんだか、ちょっと気の毒でした。でも、そうおもうのは間違いで、またすぐ噛みつこうとしますから、いっしょに外商行くなら、用心しなくちゃいけませんよ。