砂糖部長とアイス

 約束は夜の9時だったが、砂糖部長がなんだか落ち着かないようで、食事をすませて6時にロビーに集合しよう、といった。名古屋市内のビジネスホテルに泊まったときのことだ。
 ホテルの外でアルバイト運転手のA君と味噌カツ定食を食べて戻ってくると、ロビーで砂糖部長がにこにこして立っていた。そして、さあ行こう、といった。行こうといっても、約束まで3時間もある。同じ市内だから30分もあれば到着してしまう。しかし、早くないですか、という言葉は呑み込んで、機嫌の変わらないうちに出発した。案の定、すぐに顧客の家に着いてしまった。
「きみ、いくらなんでも、まだ早すぎやしないか」
「え?」
「それにしても暑いねえ。アイスクリームが食べたいな。ぼくがご馳走するから、どこかで買ってきてよ」
「このへんはオフィス街ですから無理ですよ。駅の地下街ならあるかもしれませんが」
「こんなに時間があるんだ。ひとつ駅まで行ってみよう」
 名古屋駅前のロータリーに車を停めて、ぼくが買いに行くことになった。
「ここで待ってるからよろしくね」
 後部座席にゆったりとくつろいだ部長がいった。「容器はカップじゃなくて、コーンのがいいな、食べられるから」 
 ぼくは、地下街へつづく階段を下りて行った。いまと違って、アイスクリームのテイクアウトの店なんかあまりないころのことだ。はじめての地下街を歩きまわって、なんとか店を見つけると、女子校生のあいだに並んでようやくアイスクリームを手に入れた。三角のコーンに山のように盛られたアイスクリームを3個、両手に握って大急ぎで階段を駆け上がった。
 外に出てみると、そこにいるはずの車がなかった。ぼくは、とっさに上がる階段を間違えたかとおもった。けれど、やはりそこは、ぼくが車を下りたロータリーだった。途端に汗が噴き出した。人間は、こんなとき、ただ右往左往するもののようで、ぼくは、意味もなくそのへんを行ったり来たりしてみた。アイスクリームが溶け出して、コーンを持つ手がぬるぬるする。できることなら、放り出してしまいたい。さあ、どうしよう、とおもったとき、車のクラクションが鳴った。
「ごめんごめん。警察の車がまわってきたから、つい彼に車を出せっていっちゃったんだ」と部長がいった。
「すぐ戻ろうとしたんですが、あわてたんで道がわからなくなっちゃって」とA君がいった。
「はい、アイスクリームです」
 ぼくは、二人に、アイスクリームを差し出した。