続・先輩としてのぼく
その後輩の名前は、もう忘れました。
安西水丸さんの髪型を、村上春樹さんの頭に取り替えたような顔を想い浮かべてください。それで、服装はトラッドです。なかなかにおしゃれでした。
彼、でもいいのですが、かりにキティちゃんと呼んでおきます。
キティちゃんは新入社員にしては年をくっていました。
なんだかひとのあとをくっついてばかりいましたが、新人が心細いのはむかしのぼくにもおぼえがあります。ぼくの場合は、くっついて歩く先輩がいませんでした(先輩はいたんですよ。くっついて歩ける先輩がいなかったんです)。
キティちゃんは、1週間たった頃、掃除のとき、ぼくにすり寄ってきて、そっといいました。
「ぼくは、人形をあつめるのが趣味なんです」
ぼくは、へえ、とおもっただけで、いろんな人がいるな、とあらためて彼を見ました。
ゴム長をはいて、ワイシャツの袖をまくり、モップを逆さに持ってにこにこしている格好は、相当滑稽ですが人形とは結びつきません。なんとなく四谷シモンの人形が頭に浮かびました。
「ものすごい数の人形があるんですが、最近気に入っているのはキティちゃんです」
ぼくが顔を見ると、歯をむき出して、うれしそうに笑いました。
「キティちゃんは、そんなにいいですか?」
ぼくは、想像が外れたのを意外におもいながら、お愛想でききました。
「最高ですね。あんなにかわいいのはありません。近年の傑作だとおもいます」
キティちゃんは、それだけいうと、またモップを持って歩道のレンガを拭きに戻りました。
なにげなく、ぼくは釜本次長にその話をしました。面白い趣味ですね、という程度の軽い気持でした。すると、釜本次長は、ふーん、といっていぶかしそうな表情をしてみせました。
「人形をあつめるなんて、おかしくないか?」
「趣味なんだから、いいんじゃないですか」
この話はそれで終わったものとおもっていました。ところが翌日、突然、次長がキティちゃんにずけずけした口調で「きみ、人形収集してるんだって?」とききました。
キティちゃんは、あいまいな顔をして笑いながら、ちらとぼくを見ました。そのとき、キティちゃんが、ぼくを仲間だとおもっていたことに、だから人形収集の秘密を話してくれたことにようやく気がつきました(キティちゃん、ぼくはきみの仲間なんかじゃないよ。たしかにオタクかもしれないけど、きみの仲間ではない)。
キティちゃんは、しばらくして、「私事都合により」退社してゆきました。こういうのも、あとで胸が痛むのですよね。もしかして、また、うっかりぼくが背中を押したかとおもって。