七村さん

 6階の倉庫には七村さんというおじさんがいて、荷物の梱包や商品の整理をしていた。
 七村さんは、出社すると、すぐに作業着に着替えた。白いワイシャツに黒いズボンで、それなら、出社したときとぜんぜん変わらないように見えた。
「だから、ばかだっていうんだよ。大学行ってたって、ものの道理がわかってないね」
 七村さんはそういって、鼻の穴をふくらませた。
「この格好なら、どこにお使いに行かされても平気だし、行った先がうちに近い所なら、店に一本電話してそのまま帰れるだろ。わざわざ戻ってきたら残業代かかるしな、会社も喜ぶってもんだ。明日、またこれで来れば、着替えなくてもすぐ仕事にかかれるし、そこんとこをおれはちゃんと計算に入れてるんだ」
 仕事は荷造りばかりでなく、支店への納品や、お客様のお宅へのお届けも兼ねていたから、なるほどとおもわれた。いかにも作業着くさい格好だったら、出かけるたびに着替える必要がある。
「なんたる頭の良さだ」
 ぼくは、大げさに感心してみせた。
「当たり前よ。三浦岬の東大(燈台)出だ」
 七村さんは、鼻の穴をふくらませて威張った。鼻毛も威張って飛び出した(おまけに、いつも鼻がつまっていて、女子社員に「あけみー」と呼びかけると、「あけびー」にきこえた)。
 七村さんは、そうしてお使いに行った先で、ついでに買い物をしてくることがあった。
「へへへ。配達した帰りに、駅までの商店街で大安売りしていたから、晩のおかずを買ってきちゃった。かあちゃんに喜ばれるぞ。ひひひ」
 七村さんが、2〜3軒まとめてお届けしたことがあった。どうやら、途中で、つい買い物をしてしまったらしい。最後にお届けにうかがったお宅から電話が入った。
「いま、お店のおじさんが届けに来てくれたけど、袋のなかを見たら、頼んだコートといっしょに包みが入っていたわよ。あれって粗品なの?」
 買ったばかりのタラコだった。