有金君 その3

京都では、約束の時間まで暇ができたので、嵐山の渡月橋のほとりのホテルの向かいに車を駐めて、おたまじゃくしに石をぶつけて遊んだ。でかいおたまじゃくしで、蛙になって復讐に出てこられたら、こいつはこわいとおもった。
 あのあと、有金君はずっとひとりで運転してきた。ぼくも、そのほうが、断然、安心だった。
 川岸に立った有金君は、イギリス製のバイフォードの綿の赤い靴下に、アメリカ製のセバゴの赤茶色のペニーローファーをはいている。スラックスはベージュのチノパンツだ。
 これは、ぼくの記憶のなかの光景で、割合と鮮明なのに、彼のシャツと上着、それにどんなネクタイを締めていたのかが出てこない。セバゴのローファーは女性物で店の売り物だったが、有金君は大いに気に入って購入した。大きいサイズのを選べば、華奢で小さめの有金君の足にピッタリだった。
 ぼくもこのとき、チノのベージュのパンツをはいていた。それにブルーのオックスフォードのボタンダウンに、ベージュ系のシルクの細い編みタイをして、暑くて脱いでいることが多かったが、紺のブレザーを着ていた。そして靴は、キサの黒のローファーだった。ふたりともおなじような格好をしていて、外商にうかがった先ではおかしかったにちがいない(これはあきらかにブルースブラザースを気取っていたのでしょうね、黒づくめやサングラスでないだけで)。
 おたまじゃくしに石をぶつけるのにも飽きて、ふたりでトイレを探しにいって帰ってくると、車のまわりに5人くらい警察官がいた。車のなかを覗いたり、周囲を調べたりしている。他府県ナンバーで大きな鞄を7箱も積んでいるのが怪しまれたのだろうか。
「早く戻って、声かけたほうがいいんじゃない?」
 ぼくは、有金君を振り返った。
「平気ですよ。すぐに行っちゃうでしょ」
 有金君がいった。
 警察官たちのひとりが、車の荷台のガラスになにか紙を貼付けた。
「ほら、ただ、警告の紙を貼っているだけですよ」
 警察官たちが車を離れて行ったので戻ってみると、駐車違反だから嵐山署へ出頭するように、と紙に書いてあった。
「こんなの、破っちゃえ」
 有金君がいった。
「でも、ナンバー控えてあって、会社にでも問合せがくると、ちょっと厄介だよ」
「それもそうですね。嵐山でなにしていた、ときかれて、おたまじゃくしに石ぶつけてました、ともいえないし。仕方ないな、出頭しますか」
 嵐山署は、通りから引っ込んだところにあって、なんども往復してようやく見つかった。
「すぐ戻ったっていってもやね、きみたち。通報があって出向いているさかい、どうにもならんなあ」
 担当の警察官は年配のおっちゃんで、自分が違反したみたいに恐縮して、もごもごと説明した。どうやらホテルが通報したらしかった。
 有金君は首を振って、あーあ、といいながら運転免許証を出すと、おっちゃんに見せて用紙にサインした。そして、罰金の振込み先を書いた紙をもらってから、ふうっ、とほっぺたをふくらませて、ため息をついた。「京都をわるうおもわんといてや」と、おっちゃんはいった。
 ぼくたちは銀行へ行って、さっそく罰金を振り込んだ(当時の駐車違反の罰則金は1万円だった。ふたりで折半した。おたまじゃくしに復讐されたような気がした)。それからぼくらは、嵐山のホテルに戻って、そっと裏にまわると、ふたり並んで塀におしっこをひっかけた。
(つづく)