有金君 これが最後

伊豆東急インに着いた。
 途中で道を間違えたのか、気がつくと、ときおり、下に海沿いの道が見えた。いつの間にか、樹々のあいだの山道を走っていた。
 山のなかでは、暴走族のような車にあおられた。初心者なのだから、道を譲って先に行かせればよかったのだ。有金君のおやじさんに、そう注意されたではないか。ラリーは追いつ追われつ何キロにもおよんで、工事現場のようなところで急に道幅が広がると、敵はやすやすと追い抜いていった(よく考えると、対向車線だってあるのだから、いつだって追い越せたわけですよね。なんだ、やはり遊ばれていたのか)。
  敵がぼくの車を追い越してすぐ、前方に巨大なトレーラーが脇道から出てくるのが見えた。それは、のっそりとした動きで向きを変えようとして、大きくはみ出して道を塞いだ。スピードをあげたばかりの暴走族の車は、ブレーキが間に合わずあわや衝突、とおもわせたが、そこはみごとなもので、シュプールを描くようにクレーンの下すれすれのところをかいくぐると、轟音一発、みるみる視界から消え去っていった(ぶつからなくてよかったような、残念なような)。
 ようやくたどり着いた伊豆東急インは、二階建てのコテージのような建物の集まりで、一棟一棟離れて建っていた。部屋は各棟一階と二階に分かれており、フロントで渡されたのは一階の鍵だった。
 どの建物の脇にも駐車スペースがあった。われながらヘタクソなことに、何度も切り返しをくりかえしてようやく車がおさまった。切り返すたびに、だんだん定位置から離れていくのには、ほんとに弱った。ホッとしてあたりを見まわすと、あちこちの窓があいて、何事かと顔を出した宿泊客がこちらをにらんでいた。夢中で忘れていたが、ぼくの車のエンジン音は耕耘機顔負けであった。あわてて車をおりると、ぼくは方々の窓に向かってぺこぺことお辞儀をした(こういうとき、カミさんは、絶対に出てこない)。
 さて、その晩、電気を消してからぞろぞろ現れたゴキブリのことは、もう思い出したくもない。殺虫剤とスリッパで一晩中くりひろげられた殺戮は、とてもバカンスとはむすびつかなかった。最後に一匹、いつまでも天井に張り付いてじっとしているやつに、殺虫剤を向けたがもうカラだった。業をにやしてやおら手にもっていたスリッパを投げつけると、天井にぶつかってびっくりするほどの音がした。それまでもぞもぞ人の動く気配がしていた二階の部屋が、ぴたっと静かになった。なにをしていたのか知らないが、自分たちの立てる音を、下から注意されたとおもったのかもしれない。なんとなく気がとがめた。
 伊豆から帰るとすぐ、有金君のおやじさんに電話で報告をした。車で遠出した感想をきかれたから、暴走族のことはないしょにして、かわりにゴキブリの話をした。有金君のおやじさんは、
「だから、車で伊豆になんか行かないほうがいいんだ」
 といった。