梅ちゃん その1

有金君から電話がきた(これは、ごく最近の話です)。
 有金君は、2月に緊急手術をしていた。お腹の一部がなぜか瘤のようにせり出してきて、しばらく様子を見ていたが、あんまり気になったので医師に診せてみると、それは脱腸だった。放っておくと腸が腐る恐れがある、と脅かされて、暇な時期の2月に処置をすることになった。
「暇な時期って、お医者が暇ってこと?」
 と、ぼくはきいた。
「まったく、いつだって頓珍漢なんだから。ぼくのほうにきまってるでしょ。なんで医者が暇だからって、ぼくの腹切らなくちゃいけないのよ」
「まあ、そうだよな。それで、成功したの?」
「したのって、だから報告してるんでしょ。失敗すればよかったんですか?」
「失敗までいかなくても、あわや危篤という状態になったら、ぼくも飛んで行って、しっかりしろといって手ぐらい握ってやったのに」
「冗談じゃないですよ。だれが男なんかに手を握らすもんですか」
「それはもののたとえで、ぼくだってきみの手なんか握りたくないよ。まあ、ベッドのそばで、手を後ろに組んで、顔をのぞきこんで、アリキンちゃん元気? なんてきくくらいかな」(アリカネ君は、すなわちアリキンちゃんである)
「そういう薄情な性格は、もう十分承知してますよ。危なくて、うっかり危篤にもなれないよな」
「でも、よかったね、全快して」
「おそいっつーの」
 有金君は、小太りになって、瘤とりじいさんになったわけか。
 ひととおり話がすんで、電話を切ろうとしたとき、あ、そうそう、といって有金君がまた話しはじめた。
「梅ちゃんていたでしょ。ほら、梅島君、覚えてますか? こないだ、ぐうぜん銀座ですれ違って、声をかけたんです。向こうはぜんぜんぼくに気がつかなくて、そのまま通りすぎるところでした」
 さあ、覚えているかな?
(つづく)