梅ちゃん その2

梅ちゃんが青い顔をして裏口から店に入ってきた。眼が泣いたように真っ赤だった。
 そのとき店には、店長と次長と荻馬場さんと、それからぼくがいた。みんな表の入り口のほうを向いて、ウィンドウをとおして人の行き交う歩道を無言で見つめていた。そういう姿勢をとっていただけで、だれも外なんか眺めていたわけではなかった。
 梅ちゃんは、所在なさげにその場にたたずんでいた。だれも梅ちゃんに声をかけないし、梅ちゃんもかけてもらえるとはおもっていなかっただろう。そっとうかがうと、梅ちゃんは自分の手を見たり、とつぜん顔を上げて天井を見上げたりしていた。
 しばらく梅ちゃんはそうしていたが、黙って頭を下げると、入ってきた裏口から出て行った。みんなの身体からふっと力が抜けて、息をスーッと吐くのがわかった。
「ああ、怖かった。声かけられたらどうしよう、っておもっちゃった」
 と、荻馬場さんがいった。
「わたし、ああいう雰囲気にぜんぜん弱いのよ」
 荻馬場さんは、ずいぶん梅ちゃんにやさしかったし、梅ちゃんも慕っていたから、無理もない。その上、荻馬場さんは神田の生まれで、正義漢が強いから(ときどき見当違いのこともあるけど)、なおさらだろう。しかし、それとこれとは話が別だ。それは荻馬場さんだってよく承知していることだった。
「あんなやつ、自業自得だ」
 と、鎌崎店長がいった。
「ねえ、釜本君」
「そりゃあ、そうですよ。遅すぎたくらいなんだから」
 釜本次長が強い口調でいった。
 そのとき、表の入り口にまわった梅ちゃんが、ウィンドウの陰からぼくのほうに頭を下げると、ちょっとすいません、というように手招きした。ぼくは、しょうがないなあ、とつぶやくと、裏口から外に出た。次長が、かまわないほうがいいよ、と声をかけた。
 梅ちゃんは、裏口を出たところにいて、なんだかオロオロしていた。ようやくいまになって、自分の置かれた状況がどんなものか、理解できたように見えた。
「社長は、なんだって?」
「クビだっていわれました。きょうで辞めてもらうって。すぐに帰っていいからって」
 梅ちゃんは、ぼくに話しながら、だんだんウルウルしてきた。そして、涙声で、
「どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」
 と、つぶやいた。
(つづく)