梅ちゃん その4

ぼく、梅島、殴りますから、さきにいっておきますけど、けっして止めないでよね」
 と、真剣な表情で有金君がいった。
「なんで?」
 と、ぼくはききかえした。
「あいつ、最近、たるんでるっておもいませんか? 遅刻はするし、お使いに行ったら、鉄砲玉みたいにかえってこないし」
「そういわれてみると、そうかな」
「そうですよ。それで、こないだ、かえりに飲みにつれてって、生活態度を変えるように意見したんです」
「へえ、そうなの」
「梅のやつ、そのときは、注意していただいてありがたいってビール飲みながら涙なんか流したんです」
「ふーん。それで?」
「なんで急にそんなふうになったか、きいてやったんです。そうしたら、昔のわるい先輩がいて、あいつによけいな知恵をつけたようなんです」
「知恵って?」
「それがね、話すと長いんですが、あいつ、まえから、お隣の見習い社員とつき合ってるようなんですよ。その相手が同じ年齢で、2年間の年季奉公にきていて、修行がおわると国の実家にかえるんでしょ。実家が呉服屋だからお金もあるし、子どもかわいさのあまり、親が給料以上の仕送りをしてくるそうなんです」
「ほう」
「うちのぼくちゃんが下宿じゃかわいそうだからって、銀座に近いところにマンション購入してやったりしてるっていうから、親もなに考えているんだか、信じられませんよ。会社じゃ下っ端で下働きしているのに、会社がひけたら自分の時間だからって毎晩豪遊しているんですって。梅はそいつにくっついて歩いてるらしいんですが、相手は給料なんかあてにして暮らしているわけじゃないから、とても梅の給料でつき合える相手じゃないですよ」
「小遣いがなくなりゃ、梅島も遊ばなくなるんじゃないかな?」
「ところが、いまいった高校の先輩かなにかが、男はひとつの仕事で満足してちゃいけない、できる男はいくつも掛け持ちするもんだって梅に吹きこんだようなんです。ばかだから真に受けて、この何カ月、その先輩のスナックで夜中までアルバイトしているそうです」
「それで、あいつ、いつも眠たそうにしているのか」
「ええ。毎日3時間くらいしか寝てないようです」
「ナポレオンか梅は」
「もし、生活態度がなおらないようなら、殴るっていってありますから」
 と、体育会系の有金君はいった。
(つづく)