梅ちゃん 最終回

梅ちゃんが睡眠不足で、店で接客しながら居眠りをするようになった。立ったまま、とろんとした眼をしていたかとおもうと、いつの間にか眠っていて、ときどき、生返事をする。お客様も、とつぜん、ああ、そうなんですかあ、なんて返事をされたら、ちょっとびっくりするだろう。たまに眠ったままガラス戸に頭をぶつけて、大きな音を立てて自分でおどろいたりしていた。
 梅ちゃんのこうした日々の行状を、逐一書き連ねてもあまり意味がない気がする。だから、箇条書きにして、ダーッと済ましてしまいたい。アトランダムに並べるので、前後は適当に御判断ください。
 喫茶店で昼休みに眼をつむったら、いつの間にか3時間たっていた。
 昼すぎに駐車場に車を置きに行って、ちょっと5分ばかりとおもって座席を倒したのに、気がついたら夜だった。
 中央線で小金井までお使いに行った。東京駅から腰かけて眠ったら高尾に着いた。
 ネクタイのお届けに出てすぐ、角を曲がった公衆電話ボックスに入った。友だちに電話して長話をしたあと、いそいでお届けに向かった。駅まで行って、ネクタイを入れた袋を足もとに置き忘れたのに気づき、あわてて戻ったがもうなかった(仕方なく、次長にお金を借りて弁償した。そういうときにかぎって、何本も入っていたりする)。
 集金に行って、お金を落としてきた(もちろん自腹)。
 次長と宿泊した先のホテルで寝小便をしてベッドを使い物にならなくした(これはちょっと説明がいる。アルコールに弱い癖に泥酔して、前後不覚におちいったのだろう。ホテルのオーナーが顧客だったから、客室係もそっと次長の耳に入れるだけで、本人が傷つかないよう処理してくれたのだが、本人はばれてないとおもっていたのかなあ。次長はベッド代、払ったっていってたけど)。
 スピード違反で運転免許を失効した(時速30キロ制限の道路を70キロの40キロオーバー。教習所に通ったけど、もう運転に癖がついてて、とうとう免許を再取得できなかった)。
 免許がなくなったので、買って間もない車を売り払った(新車だったのに、半分も回収できなかった)。
 友人相手に金貸しまがいのことをやって利息を稼いでいたが、金銭出納帳がわりのシステム手帖を落としてしまい、だれにいくら貸してあったのか、すっかりわからなくなった。
 スピード違反のあたりから、坂道を転げ落ちるように、梅ちゃんからツキが落ちて行った。
 ある京都の呉服屋さんのお嬢さんは、梅ちゃん目当てにいつも買い物にみえていたが(ぼくたちは、いまに梅ちゃんが呉服屋の若旦那になるかもしれない、と、わりと本気で考えていた)、いつかぷっつり顔を見せなくなった。梅ちゃんに問題があった。梅ちゃんの態度が煮え切らなかったのは、そのとき、おとなりの会社の社長秘書とつき合っていたからだったが、その彼女も、いつまでもはっきりしない梅ちゃんに愛想をつかして、さっさと結婚してしまった。
 梅ちゃんは、慢性的な睡眠不足のうえ、貯金を食いつぶし、恋愛に失敗して、実家を離れた放浪生活とあいまって(友人の家を転々としていた)、相当まいっていた。おまけに例の友だちまで国に帰ってしまうと、なんのために自分の生活がこんなに破綻してしまったのか、わからなくなった。
 そんなとき、ある問屋の担当者が替わって、梅ちゃんと同年配の若い社員が係になった。梅ちゃんは、彼と親しくなると、仕入れ価格で商品を購入することをおぼえた。会社では禁止していた行為である。自分で買って持つことも禁止されていたし、他人に売るような真似は言語道断だった。しかし、梅ちゃんは、友だちに定価よりすこし安く売ってやることで、利ざやを儲けるという、まさに会社の厳禁事項に触れたのだった(社員は勤続年数に従って店の商品を割引してもらえた。ぼくは2割引だったけれど、買うものといったら白の麻のハンカチだけだった)。これで梅ちゃんは失点を挽回する気でいたのだろう、きっと。
 ところが、梅ちゃんが会社を休みがちになってしばらくすると、問屋の若い社員が、おそれながら、と社長に申し出た。彼は、問屋の上司に内緒で融通した商品が、梅ちゃんに貸したまま戻ってこないので、どうにも困って相談にきた、といった。洗いざらい話をきいた社長が、烈火のごとく怒ったことはいうまでもない。問屋の社員は担当を外され、梅ちゃんには厳罰が下った。
 ぼくは梅ちゃんに、ほとぼりが冷めたら社長に話してあげるよ、と口約束した。しかし、社長はさらっと水に流せるような性格の人ではないこともよく知っていた。