赤岩さん その3

ある日、赤岩虎治氏(仮名)がみえて、婦人物のショールをプレゼント用に買われた。カシミヤとシルクプリントを重ね合わせた、和装でも洋装でもできるショールで、たしか10万円くらいの値段だった(昭和50年代半ばのことです)。
「ちょっと、ちょっと待ってよ」
 進物用の包装をするのに、値札を外そうとしていると、赤岩氏がそれを制して止めた。
「値札は、付けといたまま、箱に包んでよ」
「でも、ご進物ですよねえ。値段がわかってもよろしいんですか?」
「そのほうが、いいんだ。付けてあったほうが」
 赤岩氏は、そういうと、真っ赤にふくらんだ顔で、にんまりと笑ってみせた。
 翌日、仕事が終わって店を出ると、となりの光蘭亭のガラス越しに、赤岩氏が着物の女性と食事をしているのが見えた。
 通り過ぎながら、何の気なしに見ていると、赤岩氏もこちらに気がついて、半分ふさがった眼でにんまりすると、親指と人差し指で丸をこしらえてみせた。さしずめ、いまなら、Vサインを出すところだろう。
 値札をつけたままの進物の意味が、なんとなくわかったような気がした。