11/3の続き

「頭にきて、ぼく、先に帰っちゃおうかとおもいましたよ」
 憤慨のあまり、大きな眼をさらに見開いて、口をとんがらせるようにして有金君がいった。
「だって、いっしょにおうちにあがって、商売手伝うんじゃないの?」
 ぼくは、半信半疑でたずねた。
「ちがいますよ。車でお宅の前まで行くでしょ。釜本次長は荷物を持っておりると、ちょっと行ってくるから待っててね、といってひとりであがっちゃうんです」
 杉並の日本画家のお宅にうかがったときのはなしだ。
「もう、何時間たっても、もどってこないんですね。いつだってそうですよ。はじめのうちは、地図見たり、車の汚れたところを磨いたりして待ってるんですけど、ただ車で待ってるのって、あんがい大変なんですよ」
「そうだろうな」
「で、ラジオ聴いたり、、眠くないけど居眠りしようとしたり、おうちのなかではどんな具合に商売がすすんでいるのだろうとおもったり、きょうはぼくが残りの日だから、はやく帰らないとタカシマさんが居残りさせられるな、なんておもったり。いらいらするんですよね」
「約束のある日に時間に帰れないと、ほんとに困るもんな、おたがい」
「そうでしょ? ぼくだって、代わりに残されるの、いやですもん。それで、なかの様子をうかがいに、そっと門を開けて、竹林のあるお庭のほうから応接間の窓の下まで行って、聞き耳を立てたんです」
「うん、うん」
「そうしたら、先生の奥様が、お茶、もうひとついかがって次長にきいたんです。次長は、いただきますっていって、このお饅頭、おいしいですねっていったんです」
「ふーん、お茶飲んでおしゃべりしていたのか」
「それから奥様が、表で待ってらっしゃるかたにも、お茶とお饅頭持って行ってさしあげて、ってお手伝いさんにいったんですね」
「よかったじゃない」
「よくありませんよ。次長ったら、表で待ってる子はかまいませんからってお手伝いさんにいって、癖になりますからっていったんです」
「ひどいなあ。べつに食べたくなくても、気持のものだからなあ」
「もう頭にきたから、エンジンかけて、わざとうんとふかしてみたり、ボンネット開けて、バーンてたたきつけるように閉めたりして、かなわぬ抵抗をこころみました」
「哀しい抵抗だね」
「それでも蛙の面にしょんべんで、ぜんぜん反応ないんです。だいいち、たいした荷物でもないのにぼくに運転させるだけなら、タクシーだって電車だっていいわけだし、その時間にぼくのほうは、お届けやらなんやら、車をもっと有効に使えるじゃありませんか」
「それはいえてる」
「あまりに理不尽なんで、ほんとに次長置いて帰っちゃおうとおもって、甲州街道まで行ったんです。だけど、やっぱり、できませんでした」
「そこが有金君のいいところだな」
「よーくわかったことがあるんです。その日は、ぼくの残りの日でしたが、次長も残りの当番だったんですね。それで、わざといつまでもぐずぐずして、帰ろうとしなかったんだとおもいます」
「5時半から夜の当番にはいると、閉店の8時半まではずいぶん長いからね」