FOXの傘

相性がいいとか悪いという言い方をしますが、福岡放送の小和田和子さん(仮名)の場合、傘がそうでした。
 フジヤ・マツムラで取扱っていたのは、おもにイギリス製のFOXという銘柄でした(註、2005-01-30「20世紀フォックス」参照)。その昔は、布の部分がシルクで出来ていたようですが、ぼくが知っているFOXはナイロン生地でした。
 柄の部分は、マラッカ(籐製) や、バンブー(竹)や、桜やもっと凝った木から作られていました。紳士物と婦人物がありましたが、婦人用には小振りのものもあり、それは湾曲していない短い棒状の柄が付いているもので、しかもその柄の部分が革巻きになっていました。もちろん、革の色は、ナイロンの生地の色に合わせてあります。安くはない傘ですが、かわいらしくて重宝で、おまけにしゃれていましたから、好きな方は色違いで何本もお持ちでした。
 小和田さんの福岡放送の東京支社は、東京駅の近くのビルにありました。展示会のご案内状は、ここにお届けしました。番組編成会議のさいちゅうはもちろんお会いできませんが、そうでないときは、受付から内線電話で呼び出してもらうと、軽いフットワークでとんでみえて、エヘヘ、とかならず笑うのでした。終戦のときには小学4年生だったそうですから( 後年、戦時中に書かれた日記が、児童出版の書店から出版されました)けっこう年配のはずが、独身で、なおかつキャリアウーマンのはしりで、なんだかとても若く見えました。
 この小和田さんが、FOXの傘のファンでした。ところが、小和田さんが買われる傘にかぎって、かならず雨が漏るのです。漏るといってはちょっとニュアンスが違うので、土砂降りの雨に遭うと、雨がナイロンの生地を通して差した傘の内側にこまかいしぶきが上がるのです。はげしい雨のなかを歩くと、スプレイで霧を吹きかけたように髪や顔が湿ってくるのでした。
 最初、砂糖部長は、半信半疑の表情で小和田さんの説明をきいていました。とりあえずお預かりして、あとでご返事することになりました。小和田さんが帰られると、すぐに部長は、そんな馬鹿なことがあるものか、といって舗道に出ました。自分で実験してみる気になったようです。おい、とぼくを呼んで、ホースの水をかけてみろ、というので、人通りの絶えたときを見計らって水道栓をひねりました。部長が小和田さんから戻された傘をこっちに向けてひろげています。そこにホースの口を指でつまんで、おもいきり水圧の高くなった水をかけました。
「よし、わかった」といった、と砂糖部長はあとでいいましたが、傘の布地をたたく水の音で部長の声はきこえなかったので、ぼくは水をかけつづけました。それなのに砂糖部長は、やおら傘の上から顔をのぞかせました。不意をつかれて、ぼくの手もとが狂いました(ていうか、モグラたたきのモグラが急に顔を出すと、おもわず拍子でたたくでしょ)。勢いのついた水が部長を襲いました。あわててホースを下に向け、水道の水を止めましたが、あとの祭りです。なるべく部長を見ないようにしながらホースを巻き上げました。おかしさがこみあげて、奥歯をかみしめて、肩が小刻みに揺れるのをおさえるのにとても苦労しました。
 そっと様子をうかがうと、ギョロリと目玉を見開いて、たたんだ傘をぶらさげて、仁王立ちになったずぶ濡れの部長が睨みつけていました。
「どれくらい霧が吹いたか見せてやろうとおもったのに、これじゃあわからなくなったじゃないか」。
(つづく)