続・FOXの傘

FOXの仕入れ先の近文商事の阿藤さん(仮名)は、困った顔をして、こんなクレームははじめてだといいました(ちなみに、近文商事という名前は、創業者が近江文左衛門という人だったからです。ランヴァンの輸入代理店だったこともありますが、いまはもうありません)。
「よくわかりませんが、イギリスはよく雨は降りますけど、霧雨というか、日本のような土砂降りの雨はすくないってききます。それでFOXも、そこまで厚い生地を使ってないんじゃないかとおもうんですよ。調べてみなけりゃなんともいえませんけど」 
 砂糖部長は、なるほど、という顔をしました。
「イギリスじゃあ、そこまでひどい雨は想定していないってことか」
「いや、先方に問合せてみないことには、断言できませんけど」
「いいよ、わざわざきかなくたって。だいいち、このお客様だけしか、霧が吹くっていってこないんだから、ほかの傘は問題ないんだろう」
 砂糖部長は、そうか、イギリスの雨は霧雨か、ともう一度つぶやきました。
 このとき、小和田和子さん(仮名)にお取り替えした傘は、こんどは漏ったりしませんでした。物には個体差があるので、なかには生地の薄い傘が混ざっていることがあるのかもしれません。
 しかし、FOXに新色が出ると、そのたびに小和田さんはすぐ買われ、またしばらくして持ってくるのでした。
「また、雨が漏るようよ。おたくではなにを買っても当たりなのに、傘だけは別のようね」
 砂糖部長の、イギリスの雨は霧雨だからという説明は、まったく功を奏していないようでした。何度購入されても、そのたびに最初の1本はもどってきました。大した確率です。
 近文の阿藤さんは、戻された傘をみて、溜息をつきました。
「いっぺん使った傘は、もう売り物になりません。でも、これだって、ほかの方に買われていたら、返品されることもなくて、十分お役に立ったとおもうんですがねえ」
 それから、口のなかで、雨に濡らす前に返品してほしかったなあ、とつぶやきました。
「きっと、その方とFOXは、相性がわるいんですね」
 それをきいた部長の眼がかがやきました。
「なるほど、相性か。違いない。どうも妙だとおもったが、相性ねえ。それで漏るんだ」
 小和田さんが最後に買われたFOXは、さいわい交換されませんでした。展示会にみえて購入された1本でした。
 その展示会で買い物がすんだあと、小和田さんはお茶を飲みながら、来週、中国に行くのよ、とうれしそうにいいました。
「肩こりがひどくて、向こうでマッサージしてもらってくるの。よく効くわよ。ここんところ、暇をみては行ってるの」
 マッサージして、おいしいものを食べて、のんびりしてくるの。わたしってせっかちでしょ、だからどこかで息をぬかなきゃね、と小和田さんはせかせかと立ち上がると、眼鏡の奥の細い眼をパチパチさせました。
 このとき小和田さんの乗ったヒコーキが墜ちました。最後に買われたFOXの傘が、たとえ漏るやつだったとしても、もう取り替えにこられなくなりました。阿藤さんにいわせれば、小和田さんは相性のわるいヒコーキに乗り合わせたのかもしれません。