東西名匠展 その2

東西名匠老舗の会の話をしようとして、つい横道にそれたのでした。
 ところで、それたついでにもうひとつ、なんでも揃うにちなんだお話をします。
 東大阪市の会社社長、岡品朝太郎氏(仮名)は、梅雨の時期に商談があって上京されました。日帰りするつもりだったので、当然、着替えは持ってきませんでした。ところが、その日のうちに片付かなくて、翌日もう一度ひとに会うことになりました。あわててホテルをとって落ち着きましたが、肌着が汗でベトベトでした。ところが(また、ところが)、時間を見ると、もうデパートは閉まっていて、下着を買おうにも買えません。ほかに銀座のどこを探したら下着が買えるのか、岡品氏にはまったく見当がつきませんでした。
 よく考えれば、靴下だって必要だし、雨にあってネクタイもヨレヨレです。ハンカチは洗面所で洗おうかとおもいましたが、アイロンがありませんから、しわくちゃのまま持つようになります。うーん、とうなったら、いい店のことが頭に浮かびました。
「そや、あの店に声かけたろ」
 そうおもって電話したんや、と岡品氏はいいました。
 ホテルから電話を受けて、お見分けの品を持ってうかがったのは、ぼくです。岡品氏は、ホテル備え付けの浴衣に着替えて、湯上がりで真っ赤な顔をしていました。
「わるいな兄ちゃん、肌着の着替えがおまへんのや。あんたんとこなら、まだ店あけてはるおもたさかい、つい電話してもうたんや」(その当時は、夜の8時半まで営業していました)
 岡品氏は、LサイズのTシャツとブリーフを選んでから、ネクタイと靴下とハンカチにかかりました。
「ハンカチは、あんたんとこは、いつもアイリッシュリネンの白いのすすめはるなあ。たしかに、これはええで。よく水吸いよるし、さらっとして気持よろしいがな。これ、もっとほしいさかい、あとで家のほうに送っといて。何枚て、ほな半ダースばかり。ついでに靴下もてか。あんた、えらい迫りよるな、大阪の商人とちがうか。ベニスの商人か。しゃあない、わざわざ来てもろたお礼や、それも送っといてんか。いや、半ダースもいらんで、3足で結構や。怖いわ。梅雨にノコノコやってきたのがわしの敗因やね。ほれ、見てみい、あんたんとこの下着、うえした揃えたら、なんでネクタイより高いねん(註、2006-07-02「カン違い」参照)。信じられんわ。仕度せんで来たんはわしの失敗や。どうせ泊まるんなら、うまいもんでも食うたろおもたけれど、やめとくわ。もうルームサービスでうどんでも取って、かっ食らって寝てしまうわ。どうせ送ってくれるんなら、着てた下着もいっしょに送ってや。それくらいのサービスしても罰あたらんやろ。わしかて、湿った下着、鞄に入れて歩くんのはよーかなわんし。ええやろ、送ったってや。べつに洗わんかてええで。いいといっても洗うんちゃうの。やっぱり洗わんか。しっかし、なに探せいうても、はいちゅーて揃えて出してくる店なんかないでえ。おっかしな店やなあ、あんたんとこは」
 そして、岡品氏は、まあええわ、とつぶやきました。
「あしたの商談は、きょうのこの分、みーんな見積もりに乗せといたろ」
(つづく。次回こそ東西名匠の話をするつもりです)