東西名匠展 その3

 東西名匠老舗の会は、前日の午後1時から搬入がはじまります。運送会社のトラックを頼んで段ボール箱50箱分の商品を積み込んで出発し、デパート裏にある搬入口から台車に移して運び込みます。
 会場はようやく出来上がったところで、まだあちらこちらでトンカチの音が響いています。片付かない道具や、ゴミの山がいたるところに散らばっていて、翌朝、開店のときに、よくまあこんなにきれいにととのったものだ、と感心することがしょっちゅうでした。準備が終わってぼくらが帰ったあとで、きっと一晩じゅう掃除をしている人がいたのでしょう。
 商品にあてるスポットライト(これは、クールビームとかいう電球で、もとのスイッチをいれたまま素手でクルクルまわしてはめようとすると、点灯した瞬間に指先がやけどするので危険です。梅ちゃんの指先は、いつも指紋までツルツルになっていました)の調節をすれば、いつ開店しても大丈夫です。
 デパートの催事場のガラスケースをよくみると、たいていは汚れていたり、ガラス板の角がかけていたり、そこのところをセロテープで危なくないように止めていたりします。なんだか高価な商品を飾っているのに、そぐわないようにみえます。ところが、あんがい人の眼には入らないようで、やはりキラキラ輝く品物に眼を奪われてしまうせいでしょうか。
 お客様を身なりで判断してはいけない、と教えられたのは、はじめてなんば高島屋に出向したときでした。ちょうど、宝石展を大々的に開催していたときで、当時は外商さんと呼ばれる営業マンたちが大活躍していた時期でしたが、当然、人によってはなかなか成績が上がらない外商さんもいました。
 この外商さんが、一日じゅう歩きまわって、空振りのまま、顔見知りのお豆腐屋さんに寄ります。
「なんとかさん、あんた、疲れた顔してまんなあ」
 お豆腐屋のおばちゃんが声をかけてくれました。
「そやがな、おばちゃん。ぜんぜん、ぼく、あかんねん」
「あかんねんて、なに売って歩いてはるん?」
「いま、宝石展いうのやってまんねん。ぼくのお客さん、そういうほう、まるきり関心あらへんねやわ」
「そうか、そら大変やなあ。ほんで、宝石いうたら、なんやのん?」
「そりゃあ、ネックレスとか指輪とかやなあ」
「指輪かあ。指輪なあ。それ、うちらかてもろうてもよろしいのん?」
「よろしいのて、おばちゃん、高っかいでえ」
「うち、指輪なんちゅうもん、よう持ってへんのや。前からひとつ、ほしいなあおもてたとこやさかい、もろてもええで」
 外商さんは、多少意地悪な気持で、鞄からカタログを取り出しました(「おばちゃん、なにぬかしてんねん、これ見はったら、びっくりするわ」)。
「なんとかさん、これ、ええんとちゃうか」
「おばちゃん、これ、あかんわ。いっち番高いやつやでえ」
「ええわ、これ。これ買うわ。これにしてんか」
 翌朝の朝礼では、各階この話でもちきりでした。お客様の足もとを見るなという教訓が、このときほどつよく見直されたことはなかったとおもいます。
(つづく。また、横道でんがな)