ワイシャツの話 (唐突にシリーズ変更)

 ワイシャツの衿の芯地と生地がうまくなじまないで、空気が入って浮く場合があります。これをパッカリングといいます。
 芯地でも、接着芯といって芯地の表面に接着剤のような糊がついているものは、熱いアイロンをあてれば生地と芯地がピッタリくっついて、どんなに洗濯してもはがれません。しかし、生地が浮かないのはいいのですが、接着芯はその糊のせいで、若干プラスチックの板のような感触になってしまうのです。それで、ちょっとした職人さんたちは、みんな接着芯を嫌っていました。もちろん、フジヤ・マツムラの職人さんたちも、ちょっとしたものだったので、接着芯を用いませんでした。
 それより、普通の芯地を使って仕立てたのを、洗濯屋さんが、仕上げの洗いのときに十分に糊を衿にしみこませてくれて、8オンスとか10オンスのずっしり重いアイロンできちんとアイロンがけしてくれたほうが、ソフトに、それでいてきれいに仕上がります。難は、アイロンを手でかける昔ながらのクリーニング屋さんが、めっきりすくなくなってしまったということです。
 札幌の大病院の院長、外山久助氏(仮名)は、フジヤ・マツムラのワイシャツの大ファンでした。毎月、何枚も注文してくれました。
 ところが、札幌支店の広塀君を通じて、外山氏がたびたびクレームをつけてくるようになりました。外山氏のワイシャツに、パッカリングが生じたのです。それは、クリーニングに出したワイシャツの衿の表面が、まだ着てもいないうちに、1枚残らず、空気が入ったように浮いてしまったものでした(ぼくはボタンダウンのファンですが、ボタンダウンの芯地は薄いから、パッカリングなんか気になりません。でも、たまに、冠婚葬祭かなんかのときに、普通の白のワイシャツを着ることがあります。ぼくのシャツが接着芯じゃなかったときには、シャツに袖を通して、ネクタイを締め、立たせてあった衿を折る段階で、かならずパッカリングが起きちゃうのでした。これって、ほんとに頭にきますよ。日常、つねにこんなシャツを着せられていたら、きっと胃が痛くなっちゃうんじゃないでしょうか)。
 外山氏はワイシャツの上得意であるとともに、いろいろお買い上げくださるので、担当の広塀君は必死でした。
「あのさ、なんとかしてもらえると、ありがたいんですけど」
 と、北海道人独特のイントネーションで電話してきました(彼は、函館出身です)。その口調は、軽くて、のんびりしていて、切羽詰まったようにはきこえませんが、相当に困惑しているようでした。
「外山院長がワイシャツ作らなくなったら、ほかの品物も買わないっしょ、きっと。そんなことになったら、ぼくの売り上げ、ガタッと減るんでないかい」
 広塀君は、情けなさそうな声を出しました。
「子どもふたりと、おかちゃんいるのに、それじゃ困るじゃないですか」(おかちゃん、ときこえますが、おかあちゃんといってるので、これは彼の奥さんのことです)。
(つづく)