終・ぼくの歯の話

 ぼくが、しっかりと眼を閉じて口をあけていると、看護士さんの手がぼくの顎を強くおさえました。それから鈴木先生が、なにか器具を口のなかに入れるのを感じました。そして、間もなく、
「はい、とれました」
 と、声がしたので眼をあけると、小さな皿に歯の破片が3つ、並んでいました。それでも、ぜんぜん痛くありません。
「この歯は根から抜きましたけど、心配いりませんよ。もう1本は根がしっかりしていますから、これに支柱を立てて歯をつくり、抜いた歯の向こう側の歯といわゆるブリッジという方法でつなぎ、欠けた歯を補うことができます」
 抜いたあとの歯茎がしっかりと固まるまでに、2カ月かかるといわれました。
「まあ、そのあいだに、ゆっくりとほかも治療していきましょう」
 歯科衛生士の小熊さんが、口のなかのケアとメンテナンスを引き受けてくれました。
「治療した歯にかぶせたものが合っていませんね。以前の医院がずいぶん適当な処置をしたようで、隙間がたくさんできています。これは虫歯のもとですから、治したらいいとおもえる箇所を、いくつかピックアップしてもいいですか?」
 いまは患者の意向を確認するのが第一とされているようで、小熊さんの提案は必要最少限のものでした。ほんとうは、全部やり直したいにきまっています。ぼくだって、そのほうが安心だし。
「この前、レントゲンを見て先生が、歯根の処置がなってないので 全部やり直したほうがいい、とおっしゃっていたので、よそで治療した歯は全部治療しなおしていただきたいんですけど」
 小熊さんは、わが意を得たりというように、大きくうなづきました。
 30年近く銀座のM歯科に通って、ぼくの口のなかにも銀座の歴史がつまっているはずなのに、それがインチキまがいでは、すこしもプラスワンになりませんね。こまるじゃないの。