歯つながり

 山口瞳先生御夫妻が、お中元を選びにみえた。
「いつもどおり、イギリス製の靴下の2足入りセットにしようかな」
 山口先生はそうおっしゃって、名簿で進物先を確認された。
 数が決まれば、あとは箱詰めして、ご指定の日にちに発送すればよい。先生は、いつも、早めにおみえになったから、包装や梱包をあわててやる必要はなかった。
 山口先生は、必ずのし紙をご自分で書かれた。昔は硯で墨をすったが、筆ペンが普及すると、それでもいいことになった。
 のし紙を書きながら、ぶつぶつおっしゃることがある。このときも、なにをいっておられるのか、耳をそばだてると、
「あーあ、それにしても高い靴下だな。贈るほうは、イトーヨーカドーで買った3足いくらの靴下はいてるのに」
 と、冗談とも本気ともつかぬ口調で、なにやらぼやいておられたそうだ。
 そのとき、ぼくは、ちょうど奥様とお話をしているところだった。
「ずいぶん長くかかったけど、ようやく歯の治療が終わったのよ」
 といって、奥様は口をイーとひらいてみせた。きれいな歯が並んでいた。
「お高かったでしょう?」
 つい、俗っぽいことをたずねた。
 山口瞳夫人は、うれしそうに、ええ、とうなずいて、金額をいわれた。
「自動車1台分、ですかあ!」(店で使っていた日産セドリックがそれくらいだったかな)