有金君の災難

 その大阪の大学講師夫妻が店に立ち寄ったとき、上の4階ホールで展示会を催していたのは、偶然だとおもう。
 大阪で知り合ったのか、有金君は親しそうに挨拶してから、会場に案内した。
 買い物がすんだ頃は、もう外は暗くなっていた。
 食事はホテルにもどってするけれど、小腹がすいたから、近くで簡単に食べられるものはないかいな、と夫人は有金君にきいた。
「そうですね、干物で安直に御飯を食べさせる店なら、裏口を出た向かい側にあります」
 と、有金君はつぼ半を教えた。
「そうかあ、うちら、そういうもんがええねん。なあ、あんた」
 きつつきのように、忙しくしゃべりつづけていた夫人が、いった。
「そや」
 むっつり無口な先生が答えた。これが口をひらいた3度目だった。
 先生は、有金君を見たとき、こんちわ、といって、すこし歯を見せた。
 次は、夫人が、あんた、靴下買うとくか、ときいたとき、額にしわをよせて、いらんて、といった。
 そして、この、そやが3度目というわけだ。
 しばらくして、大学講師夫妻は食事を終えてもどってきた。そして、ぼくに、
「あんた、わるいけど、あの男の子、呼んでんか」
 と、いった。
 4階にいた有金君を内線電話で呼び出して、すぐ降りてくるようにいった。
「先ほどは、お買い上げ、ありがとうございました。お品物は、ご自宅にお帰りになる頃に着くようにお送りしますです」
 有金君は、揉み手をしながら、ニコニコして、いった。
「あんた、あれ、みんな、いらんで。キャンセルや。あんたが教えてくれた店、なんや! 高っかい店に連れていってからに。なあ? あんた」
 あとからのあんたは、講師のご主人にいったのだった。
「ほんまや。くっさい干物に、みそ汁と御飯と漬けもんだっけやないか。ほんでもって、勘定いうたら、そこそこのレストランで食べるくらいふんだくられたわ、けたくそわるい。あほんだらが」
 ぜんぜん無口ではなかった。
 さんざ悪態をついてから、有金君に向かってなにかいうと、大学講師夫妻は、ふん、といって帰って行った。
 あとできくと、出入り差し止め、といったのだった。