なぞの支払い証明書

 集金用の領収書には、端のところに支払い証明書というものが付いていました。これは、昔、全額いただいたのに、きちんと入金せずに自分の小遣いに流用した社員がいたからです。その社員は、給料日になると、自分でつかった分だけ、あらたに入金して穴を埋めていたのでした。あるとき、それが発覚して、対策として支払い証明書付き領収書が考案されました。
 支払い証明書は、パンチ穴で簡単に切り取れるようになっていました。いただいた金額を領収書に記入するとき、その額を支払い証明書にも記入します。そして、顧客にサインか判をいただきます。顧客が、自分は何月何日、これこれの金額を支払った、と証明するわけです(なかには、金を払うおれのほうが、なんで証明しなくちゃならないんだ、と気色ばむ顧客もありました)。
 しかし、これは考えようによっては、集金する社員を守ることにもなるので、あとになって、あのとき全額あげたじゃないか、といわれても、これには半分の数字しか書かれていません、と反論することができるのです。
 釜本次長が集金に行って、だいぶたってから帰ってきました。
「釜本君、どこへ行ってきたの?」
 鎌崎店長が、いじわるそうにききました。
「どこって、黒板に書いてあるでしょ。A様のところに集金に」
 釜本次長は、怪訝な面持ちで答えました。
「それで、奥様には会えたの?」
「会えましたよ」
「嘘つけ。さっき、おとなりの呉服屋さんがきて、釜本さんは? ってきくから、A様のお宅にうかがってますって返事したんだ。そうしたら、あれ、A様の奥様なら1週間前になくなりましたよって」
 次長は、ちょっとひるんだように見えましたが、集金用に持ち歩いているバッグから、小さな紙切れを取り出して、店長に差し出しました。
「ほら、領収書を切ったから、支払い証明書にきょうの日付とサインがあるでしょ」
 店長は、紙切れをしげしげと眺めました。
「ほんとだ。だけど、それじゃ、話がおかしいじゃないか。きみが会ったというのは、ナニか?」
「ナニって、なにさ?」
「ゆうれい」
 二人の会話は、いつでも最後には与太郎じみてきます。
 しかし、やはり次長がこの日になにか私用があって(註、2006-12-17「痛い経験」を参照されれば、この次長が私用でよく抜け出していたのがおわかりいただけます。ま、おわかりいただいても、どうということもないですけど)、それで前もってA様の奥様にこの日の日付で支払い証明書にサインをもらっていたんだ、と、ぼくはおもいました。まさか、その日を待たずに、サインした人がなくなってしまうなんて、だれもおもいませんよね。もちろん、当のご本人だって。