ゴムの木 2

 京橋にあった商船三井の支社は、客船の営業部と総務部、それからフェリー部から成り立っていました。地階に総務部があって、1階の奥に営業部、道路側の入り口に近いところにフェリー部がありました。
 安田さんは、すぐにぼくをつれてフェリー部に行きました。フェリー部は、3人の女子社員と2人の男子社員、それに年輩の男性で構成されていました。ふだんはこの人数で営業していますが、カーフェリーの繁忙期には学生アルバイトを5〜6人採用して対応するのでした。
 安田さんは、年輩の男性に、矢吹次長、と呼びかけました。3人の女性と2人の男性もいっせいにこちらをふり返りました。
「すこし早いけど、いい人そうだから、来てもらおうとおもうの」
 安田さんが甘ったるい口調でいいました。
 矢吹次長(すぐに部長に昇格しました)と呼ばれた年輩の男性は、眼鏡をかけなおすと、立ち上がってぼくを呼びました。あとから安田さんもついてきました。
 矢吹次長は、安田さんからぼくの履歴書を受け取ると、ちょっとのぞきこんで、じゃあとなりへ行こう、とぼくにいいました。
 となりは喫茶店でした。常連のようで、ママさんがうれしそうに挨拶しました。
「コーヒーでいいですか? ここはコーヒー、うまいよ」
 ぼくは、アルバイトの面接にきて、すぐに喫茶店につれて行かれるようなことなんてはじめてだったから、なんだかよけいに緊張しました。
「楽にしていいですよ。もう採用はきまったのだし。ちょうどコーヒーが飲みたいとおもったところだったから、きみはタイミングがよかった」 
 ぼくは、はあ、とあいまいな返事をしました。
「わたしはね、きみの先輩だよ、大学の」
 矢吹次長は、ぼくの履歴書にあらためて眼をおとしながら、いいました。
「そうなんですか」
「ただし、卒業したのは青学じゃないの」
「は?」
 そこにコーヒーがきました。
「さあ、どうぞ。わたしはね、砂糖は擦り切り1杯。ミルクは入れないの」
「ーー?」
「スプーンに砂糖をすくうでしょ。たいてい山盛りになるよね。それでナプキンの端で表面を平らに削るの。それがすりきり1杯。まあ、砂糖の量はそれくらいってことだよ。仕事中にインスタントコーヒーを入れるときは、きみも注意してね。で、なんだっけ?」
「大学の話でしたが」
「そうそう。わたしは入学したのは青学だったけど、その後、一時明治学院と合併されてね、同じミッション系ということで。それで卒業したのはなぜか明治学院大学なの。混乱した時代というものがあったということですよ」
(つづく)