ゴムの木 3

  フェリー部には、3人の女性がいました。仮にブー、フー、ウーと呼ぶことにします。
 矢吹部長は、「フェリー部の品格を落としているのはあの3人だ」と女性たちがいないとき、椅子の背もたれによりかかって、苦々しそうにいいました。「まったく、よりにもよって、3人が3人ともフェリー部に配属されるなんて」
 机を並べる2人の男性社員も、大きく頷きました。たしかに、3人は傍若無人というか、上司を上司ともおもわぬ態度で仕事をしていました。男性社員は、2人とも、じっと息をひそめ、ひたすら我慢しているように見えました。口の達者な3人に、ひとつ注意すれば三つにも四つにもなって返ってくるのでは、迂闊なことはいえません。
 しかし、3びきの子豚たち(ぼくがいったわけではありませんよ。念のため)の仕事の速さ、正確さはいい線いっていたので、客船時代に事務長をしていた部長でも、その点には不承不承一目置いているように見えました(船の上では、「なんにも船長、いうこと機関長」という言葉があったそうです。事務長はただ地味に仕事に専念していたのだ、と部長は自慢げでした)。そんな3人に比較的寛大だったのは、常務の大松さん(仮名)でした。
 大松さんは、ぼくの記憶のなかでは、ある日、突然、支社の表のドアを開けて、おはよう、といってにこにこしながら入ってきます。オーソン・ウエルズに似た風貌と体つきで、チャーチルみたいに猫背でした。
 ぼくは、つられてにこにこしながら挨拶しました。挨拶してから、このおじさんはどこの人かな、とおもいました。うんと偉い人が本社から出向してきても、アルバイトなんかにはいちいち知らされませんから、その日から出社される常務さんだとはおもってもみませんでした。頻繁に業者の人の出入りがありましたので、そんな1人だとおもっていたのです。
 このおじさんは、毎日のようにやってきますが、午後から顔を見せる日が週に何回かあることに気づきました。大松さんが出社するようになってしばらくしたある日、午後からやってきた大松さんの後ろ姿を眼で追って、「あの人、だれ?」とウー(ブー、フー、ウーのウーですよ)にたずねました。
 ウーは、ひとの顔をまじまじと見つめ、それからおもいっきりばかにするような口調でいいました。
「だれって、うちの常務じゃない」
「てへっ」
「てへじゃないわよ。なにか失礼なことしなかった?」
「してないとおもう。いつも、挨拶してるだけだから」
「あの方は、透析を受けているの。だから、その日だけ、午後から出社されるの。気をつけなさいよ、あなた軽いんだから」
(つづく)