ゴムの木 4

  大松さんが、ときどきフェリー部にやってきて、女性たちのあいだにすわり、おしゃべりするようになりました。そんなとき、いっしょにいるぼくのほうをちろっと見ます。
 予約受付けの電話は、大きな丸いテーブルのまん中あたりに5~6台セットしてあり、テーブル中央からパラソルの軸のようなものが上に伸びて、空中の眼の高さにくるくるまわる丸い棚が付いていました。1ヶ月分のプラスティックのホルダーが挿入してあります。ホルダーには、日付ごとに1枚、用紙が入っています。用紙には、船の輪郭が大きく描かれ、そのなかに四角いマスで船室が区切られています。予約が入ると、まず申込用紙に乗船希望者の住所、氏名、電話番号、男女別、人数、希望等級を聞きながら記入し、それから棚をくるくるまわして指定の日にちのホルダーを抜き取り、希望の等級の室を押さえ、有無を返事します。決まれば、すぐに名前を記入しておきます。等級によっては、2人室とか4人室、6人室がありますから、知らない男女を同じ室にブッキングしたりしたら、えらいことになります。だから、名前といっしょに、男性はM、女性はFと必ず添えておきます。ときには、女性の空室がないと断ると、男性と同室でもいいから取ってください、という豪傑の女性がいたりして、往生することがありました(まだパソコンが普及していなかった頃は、こうして全部が手作業でした)。
 大松さんと目が合うと、ぼくは軽く頭を下げて会釈します。大松さんは、にこっとしますが、ぼくに話しかけようとはしません。女性たちに、どうでもいい話題をどうでもいい調子でひとしきり話してから、どっこいしょ、といった感じで立ち上がると、猫背の後ろ姿を残して奧の自分の席に戻っていきます。
 医者から水分をとってはいけないといわれていて、大松さんはノドが乾くとキャラメルをなめていました。森永の黄色い箱のキャラメルで、駅の売店でも売っています。
 奧からにこにこ出てきた大松さんが、ポケットから小銭を出すと、ブー(くどいですけど、ブー、フー、ウーのブーです)にキャラメルを買ってきてほしいと頼みました。ブーはお金を受け取ると、すぐにフーに渡して、あなた行ってきてよ、といいました。フーは不満そうにお金を受け取ると、こんどはウーに、あなたが行ってらっしゃい、と押し付けました。ウーは、手のひらのお金にじっと眼を落として、真っ赤な顔をしています。ふだんの3人の関係が浮かび上がりました。ウーだって、大松さんのおつかいをするのはやぶさかではありませんが、押し付けられるのは口惜しいのでしょう。
 ぼくは、立ち上がると、ウーの手のひらからお金を取り上げました。
「なんだ、ここでは男性のほうが弱いのか」
 大松さんが、からかう口調でいいました。
(つづく)