ゴムの木 9

 英語劇研究部の部室を出ると、小山は黙って歩いて行きます。ぼくも黙ったままついて行きました。校門を抜けて、しばらく歩くと、駅前に続く商店街に出ました。彼は、ちらっとぼくをふり返ると、1軒の喫茶店のドアを押しました。
 タバコの煙りが立ちこめていて、ジャズが流れていました。ジャズ喫茶に入るのははじめてでした。彼がサイモンとガーファンクルが好きなのは知っていましたが、ジャズに興味があるとはおもってもみませんでした。
「べつに、ジャズが好きなわけじゃあないよ」
 ハイライトをくわえながら、ぼくを見透かすように彼がいいました。
「ここのほうが、話しやすかったからだ」
 マイルズ・デイビスのトランペットが、さかんに空気を切り裂いています。やがて、コーヒーがテーブルに置かれました。それまで、彼はずっと無言で、何本も立て続けにタバコに火をつけてはちょっと喫って、灰皿でにじり消していました。もともとチェーンスモーカーですが、これはイライラしている証拠です。
「あのさ、おまえ、どんなつもりで大学に来てんだよ」
 突然、彼は本題に入りました。
「どんなつもりって、ほかのみんなといっしょだよ」
「それは違うな。ほかの連中は、適当に遊んでるけど、ちゃっかりきちんと単位を揃えてて、いずれはよき社会人になるつもりでいる。おれもそうだ。大学はそのためのジャンピングボードだ。いつまでも目的じゃないんだよ」
 小山は、またタバコに手をやりました。タバコは空でした。袋をねじって、コップに手を伸ばしました。コップも空でした。
「マスター! 水! それと、ハイライトある?」
 ぼくは、冷めたコーヒーを口に含みました。砂糖を入れ忘れて、それは苦いかたまりのようでした。
「人より長い浪人生活を送ったから、すこしは大目に見ていてやったが、おまえのは五月病なんてもんじゃない。どうかしちまってるぞ」
 どうかしてしまっていることは、自分がいちばんよくわかっていました。
(つづく)