ゴムの木 11

小山が、何杯めかの水を飲みました。
「それで、大学やめる気なんか?」
「それはないな。せっかく入ったんだから、十分活用して、ゆっくりと考える時間にしたいとおもう」
「もう一度きくけど、就職は?」
「そりゃあ、働かなくちゃあ。でも、きみたちが一生を計画して就職するようには働かないかもしれない」
ドロップアウトするってことか?」
ドロップアウトなんて、ぼくには関係ない言葉だね。出世とか、栄達とか、そんなのとは関係なく、ただきちんと働くとおもう。きちんとというのは、人一倍ってことだよ。それが、ぼくが考える作家的生活だから。それで、出世したりほめられたりしたら、やっぱりうれしいだろうけど」
「うれしいとおもうなら、ちゃんとした人生を歩めよ」
「ぼくはちゃんとしているよ。しっかりもしている。きみは、いま、経済原論読んでいるだろ。でも、ぼくはもう読めないんだ。ぼくは、それを読むくらいなら、1冊でも多く早川のポケミスを読みたいとおもう。小嶋さんがいったのは、経済原論を読んでもポケットミステリは読める、ということだとおもうけど、もうそこが違うんだよ」
「おまえ、ほんとにどうしちゃったんだよ?」
 小山は、齧るような勢いでタバコをくわえました。そして、クリケットのライターで、風もないのに、タバコを囲うような形で火をつけました。
「いいか、大学に入って、いろいろ頭のいいやつを見てきたよ。紛争があったからね。論理的で非の打ち所がない展開をするやつも多い。しかしだな、おれは連中のことなんかすこしもこわくないんだ。あいつらの論理の出所が、うすうす透けて見えるからだ。みんなどっかからの借り物だよ。自分の頭で考え出したわけじゃない。だから、堅固のようで簡単にブレる。おれがこわいのは、おまえみたいなやつだ。感覚でものをいうやつだ。感覚で一足飛びに本質に届いてしまうやつだ。ブレないやつだ。自分の感覚ならブレようがないからな。岡野もいってたよ、極端から極端に走って、それでも本質をついているから恐ろしいって」
 小山も岡野も、ぼくを買いかぶっているようでした。
(つづく)