ゴムの木 13

「それで、結局、きみはなにを得たのかな?」
 キャラメルの黄色い箱をもてあそびながら、大松さんがききました。
「自分で本棚を埋めたくなりました」
「自分の本棚を、ってことかな?」
「そうではなくて、みんなの読む本棚です。自分の本棚は、自分の好きな本が並んでいますが、ずいぶん偏っています。ぼくは、多くの人が読む本をセレクトしてみたくなったんです」
「ほう」
「古本屋の棚を眺めていると、いい本ばかりとはかぎりません。玉石混交です。ですから、あっちの本屋、こっちの本屋から、ぼくの考える理想的な本棚にふさわしい本を選んでこなくてはならないわけです。そう考えているうちに、突然、図書館の仕事がしたくなったんです。ぼくは、もう、作家と自分を規定してしまったので、なにになってもいいわけですから」
「図書館の司書ということか?」
「ええ。奄美大島に鹿児島県立図書館の分館があるのですが、作家の島尾敏雄が館長をやっています。小さな町の図書館で、島尾はとなりの自宅から毎日そこに通い、予算のなかからやりくりして、本を購入しているそうです。もうじき退官されるそうで、それなら、ぼくが南の島の図書館に勤務してもいいかな、とおもいました。小山のいった、生活ということもありますから」
「しかし、司書は資格がいるぞ」
「もう1度大学に入りなおしたのは、その資格をとるためです」
「きみのいた大学でだって、資格はとれたはずじゃないか?」
「もう法学部で学ぶ気はありませんでした。それに、やり直すなら、新しい環境が必要だったのです」
「ずいぶん、思い切った話だな」
「そうでもありません」
 大松さんは、またキャラメルをむきはじめましたが、ふと手を止めました。
「きみと話していると、キャラメルの減りが早いな。それで、前にうちの社員にならないかと誘われても、断ったわけか」
「はい」
 また、キャラメルに手が動くと、そっと口に含みました。
「きみは、生活の糧が必要だといったな。おまけに、作家の自分はなにをしても作家だという。そんな論理は、はじめて聞いた。普通なら大学院に通う齢で1年生だという。滅茶苦茶だ。今月の社報に寄せた詩のようなものも、まるで詩らしくない。しかし、ぼくにはわかっている。きみは、うちの会社に必要な人材だ。卒業なんかしなくてもいい。この会社で働いてくれ。小説が書きたいなら、生活の安定は必要だぞ。会社がパトロンになってやる。一生面倒を見てやる。だから、南の島だなんて夢みたいなことをいってないで、どうかうちの社員になれ」
(つづく)