ゴムの木 15

 社報には、きみは好きなものを載せていい、といわれていたので、「男たち パブ」と題するショート・ショートのようなものを寄せたこともありました。

  ♪♪♪

ー酒がすきかって...嫌いだね。飲まずにすませられたらって、おれはいつもおもっているよ、と彼はいった。そして、バーテンダーにカラのグラスを示してみせた。
 バーテンダーはぶちまけるような手つきで酒を注いだ。
ー氷は...と私はきいた。
ー入れない。
ー胃をやられるぜ。
ー胃か... とっくにやられてるよ、と彼はいって、口もとだけで笑った。笑いはすぐに消えた。
 彼はグラスを二口であけた。
ーおれはあのときから、おれの流儀でやることに決めたんだ、と彼はいった。そして、酒も...と付け加えた。
 私は話題を変えることにした。
ー注文はたくさんあるんだろ...
ーある。...が、おれの描く女の顔はみんなあいつに似てくるので、おれは当分、なんにも描かないつもりだよ。
 バーテンダーがまた、ぶちまけるような手つきで酒を注いだ。
ー飲むんだな。忘れるんだ、と私はいった。いってから、つまらないセリフをいった、とおもった。
ー忘れられないだろう、と彼はいった。今後も...
 彼はバーテンダーにグラスを振ってみせた。そして、酒が注がれているあいだ、じっとグラスをみつめていた。
ーついうたた寝をしたときなんか、夕方、薄暗くなった部屋のなかでポツンと目ざめると、なんだか買い物かごをさげたあいつが、いまにもドアをあけてはいってきそうな気がして、おれはいつまでもそうして、ぼんやりとドアのあくのを待っているんだ、と彼はいった。そして、自分の言葉に自分で頷くと、何杯めかのグラスをカラにした。
 酔ってきたんだな、と私はおもった。
 私はバーテンダーに、彼に注いでくれるように目で合図した。そして、自分もグラスをあけると、
ー今夜は飲もう、といった。

(つづく)