ゴムの木 16

 ぼくは、フェリー部の一員として、3年間過ごしました。大松さんのすすめもあって、ゆくゆくは正社員になってもいいとおもうようになっていました。その分、あれほど身近だった奄美大島の図書館は、しだいにぼくから遠のいていき、シジミほどの大きさで南の海に浮かんでいました。
 ブー、フー、ウーの3人組は、相変わらず仕事ぶりも実生活もパッとしないように見えました。営業部も総務部も、この3人には匙を投げていました。所属するフェリー部ではそうもいかないので、矢吹部長はなるべく無視しようと努めているようでした。
 フェリー部のカウンターの隅に、鉢植えのゴムの木がありました。ぼくがこの会社に来る前からあったゴムの木です。ある日、広い葉のどれもがうっすらと埃をかぶって、白っぽくなっているのに気づきました。いかにも息苦しそうです。ぼくは、雑巾をしぼってきて、葉の表面を拭きました。深い緑の、艶のある葉が現れました。何度か雑巾をすすいできて、ようやく全部の葉の表面を拭き取りました。
「あんたったら、ばかねえ」
 ブーが、あきれたような口調でいいました。
「そんなに何度も行ったり来たりするくらいなら、はじめから雑巾バケツを持ってきて、そこで汚れた雑巾洗えばいいのに」
「そうよ、そうよ」
 フーとウーも、面白がってなじります。3年たっても、そういうところは変わりません。
「ぼくもそうおもったけど、こんなに葉っぱが汚れてたんじゃ、バケツの水のほうが汚れるでしょ。それを取り替えにいくなら、雑巾だけ洗ってきても同じことじゃないかなあ」
 ブーフーウーは、言葉に詰まりました。
「その通りだな。それに、そんなになるまで放っておくなんて、うちの部の女子社員はきちんと掃除してないってことの証拠みたいなものだ。四角い部屋を丸く掃き、ってやつだな」
 矢吹部長がここぞとばかりに嫌みをいいました。ブーフーウーは、赤くなって、お互いをつつきあったりしています。矢吹部長は、続けました。
「数年前にフェリー部にいた女性は、毎日きちんと掃除する人で、そこのゴムの木の葉も、1枚1枚、丁寧に雑巾で拭いてたものだよ。結婚するので退社したけど、惜しい人だった。親御さんの躾がよかったんだな。作家の庄野潤三さんのお嬢さんだ」
(つづく)