ネクタイ 14

 昭和50年代のはじめ、まだ、イギリス製のネクタイはずいぶん幅を利かしていた。ファッションの分野でも、大英帝国は辛うじて面目を保っていたのだ。
 たいていが織りタイで、しかも渋い小紋柄が多かった。たとえば、紺地に白の織り柄で、よーく目を凝らして見ると、白い部分が小さな花をかたどっており、さらによく見るとまん中にポツンと黄色い点のようなものがあって、それは花心なのだった。 また、一見紺地に白のダイヤ柄(菱形)ではあるけれど、細い赤のラインがそのなかで交叉していて、遠目で見るとぜんぜん目にとまらないところでおしゃれしていた。
 フジヤ・マツムラのウインドウには、ネクタイを飾る什器が置かれていて、常に新着のなかから7本選んでそこに展示されていた。通りすがりのフリー客がよく目にとめて購入してくれた。
 ウインドウの飾り付けは、店長がする。昔、永福町の会長が社長だったときに、つきっきりでディスプレーを指導したので、店長の飾りは抜群に上手だった(後年、ぼくも会長の永福町につきっきりでコーチされて、なんとか形にできるようになったが、じつは教える永福町は自分では飾り付けができなかった。泳げない人のコーチで泳げるようになるのって、これはこれで大変なことだとおもう)。
 ネクタイのほうは、ぼくたちぺーぺーでも飾らせてもらえたので、交替で、とっかえひっかえ熱心に7本を選んでは並べた。什器は3段に分かれており、てっぺんに1本、なるべく高価なネクタイを飾る。たいてい、ミラショーンの両面ネクタイが選ばれた。そして、2段目3段目は、それぞれ3本ずつ、最新のやつを、なるべく目を引くように色柄を吟味して飾られた。ウインドウからネクタイが売れると、飾った人はだれでも、なんとなく自分の手柄のように感じていた。
 その日は、ぼくは遅番の日で、夜、砂糖部長と、だれか女子社員と、3人で残っていた。入社して、まだ間もないときだった。
 入り口のドアがあいて、すこし酔った男性と、奥さんに見えないこともない女性が入ってきた。
「ウインドウのネクタイ、見せていただけない?」
 女性のほうが、入り口にいた女子社員に声をかけた。ぼくは、店の奥にいて、なにかしていたのだとおもう。
 女子社員は、ウインドウのなかから、女性が指さしたネクタイを取り出して見せた。女性は受け取ると、すこし酔った男性に、「これどう?  プレゼントするわ」といった。男性は、面倒くさそうにネクタイを手に取ると、ノロノロと鏡の前へ行って、胸に当てながら鏡のなかをのぞいた。そのとき、突然、ぼくは電気に打たれたようなショックを感じた。髪の毛が逆立ったかもしれない。
『高橋雄さん!』
(つづく)