ネクタイ 15

 高校3年のとき、文科系志望なのに、ぼくは理科系のクラスにいた。理科の試験は生物で受けるつもりだったが、理科系クラスでは物理と化学が必須科目になっていた。だから、この1年、受験勉強をしているというのに、余分な物理化学にも追っかけられて、ひどい目にあった。その物理の教諭が高橋雄さんだった。高橋という名字の先生が何人もいた時期があって、名前の1字をカッコでつけたのが、そのまま呼び名になったのだろう。
 同級生の甘木と廊下を歩いていたら、高橋雄さんに呼び止められた。期末試験のあとだ。
「甘木、きみはどうしたんだ? あのテストの成績はなんだ」
 甘木は理科系志望で、物理ももちろん受験科目だった。
「あんな成績で、受験なんかできるとおもってるのか? タカシマのほうが点がいいなんて。タカシマは物理、いらないんだぞ」 
 そういって、なあ、というように、高橋雄さんはぼくに笑ってみせた。
 当時、ぼくも前途有望な、期待される受験生のひとりだったのだ。10年も前のことだ。
 高橋雄さんは、赤い顔で鏡を見た。そして、連れの女性に、これでいい、といったようだった。
「これ、プレゼントだから、箱に入れてリボンをかけてね」
 女性が、女子社員にいった。
 女子社員は、ネクタイと金額を受け取って、そばの引き出しから箱を1個持って、ぼくのところにやって来た。
「包装、お願い」
 そういって、レジを打ちに、小走りにレジスターに向かった。
 ぼくは、箱にネクタイをセットした。それからカードを添えて、包装紙を取り出した。
 包装が済むと、リボンを出して箱に掛けた。終始うつむいたままで。
 リボンを掛け終わると、手提げの袋に入れて、そばで待っていた女子社員に手渡した。それから、なるべく顔を上げないように注意しながら、高橋雄さんをうかがった。
 高橋雄さんと連れの女性は、奥で包装をしている男などには目もくれずに、入り口のところでおしゃべりをしていた。女子社員が、ありがとうございます、といいながらネクタイの入った袋を手渡した。
 高橋雄さんと女性が出て行くとき、ぼくは目立たないように、ありがとうございます、といった。内心、ほっとしていた。
 ぼくは、会社員のつもりで勤め出したが、そしてそれに間違いはないけれど、高橋雄さんが偶然来店されたとき、自分がこの仕事に著しく劣等感を抱いていることに、はじめて気づいたのだった。
(つづく)