ハンドバッグ 4

 イタリー製のバッグで、ワニの型押しのバッグがあった。手提げのボストンタイプで、大きさは日常もって歩くのにちょうどよい大きさであった。
 このバッグは、ワニの型押しといっても、あの模様だけ牛皮に型で押し付けたものとは、まったく違っていた。というのは、ワニの模様を型押しした皮というのが、本物のワニの皮だったからだ。
 なにをいっているのか、わからないかもしれない。それは、こういうことである。まず、ワニの皮の表面の部分を削ぎ取るところを想い浮かべてほしい。この表皮が上等なバッグになる。次に、削ぎ取ったあとに、まだ皮の部分が、肉を分厚く覆っているところを想像してほしい。厚い皮だから、表面だけペロリとむいても、まだその下に皮がある(床革といいます)。しかし、表面のワニのワニたる模様は取られてしまったので、この床革の表面はツルンと平らである。そこで、このツルンとした表面にワニの模様を型押しして、ワニの皮に見えるようにしたのがこのバッグなのである。
「でも、このワニ、本物に見えるわ」
 顧客の一人、A様の奥様がいった。
「それは奥様」
 ハゲテン(註、鎌崎店長のこと。禿げてる店長だから、陰ではこう呼ばれていました)が、揉み手をしながら、うれしそうにいった。
「ワニはワニですから、本物は本物なんですが、型押しの証拠に斑がありません」
「斑って、なによ」
「ほら、こちらのハンドバッグのワニの模様のまん中に、ポツンと小さな穴があいてますでしょ。これは気孔なんです。毛穴みたいなもので」
「あ、ほんと、たしかにあるわねえ」
「こっちは、それがないんです。2番皮だから」
「2番皮って」
「いえ、勝手にそう呼んでるんですけれど、表面を取ったあとの2番目の皮なもんで」
 この2番皮の型押しのバッグは、いわゆる本当のワニのバッグの4分の1の値段だった。
「お友だち、連れてきたわよ。あのワニのバッグが見たいっていうから」
 A様の奥様が、そういってドアを開けて入ってこられた。うしろから、はじめての方が続いて入ってこられて、目をキラキラさせながらいった。
「お安いんですってね、ワニなのに。ぜひ、ほしいわ。2番煎じのバッグ」