ハンドバッグ 10

 ショウウインドウは、店の顔である。そこに飾られた品物を見れば、その店のすべてがわかる。
 その女性は、入り口のドアをあけると、スッと入ってきた。そばにいた有金君が、咄嗟に、いらっしゃいませ、と声をかけた。
「あの、ウインドウのバッグ、見せてちょうだい」
 有金君の表情が、サッと緊張した。これは、彼が得意なときの顔だ。ウインドウからバッグをとりだして、女性に差し出した。フランス製のランヴァンのハンドバッグだ。
 女性は手に取ると、腕に通して、姿見に向かってポーズをつけた(バッグの色とバランスを見るためだけれど、鏡を見るとなぜか顔まで澄ましてしまうのは、哀しい習性です)。それから、おもむろに有金君をふり返って、
「これ、いただくわ」
 といった。
 有金君は、女性からバッグを受け取ると、ありがとうございます、といって無言でバッグを箱に詰めはじめた。神妙な顔をしているときの彼は、内心、絶好調なのだ。
 包装を終えて手提げ袋に収めると、有金君はいったん、ガラスケースの上に置いた。そして揉み手をしながら(本人にその意識はなくても、自然に揉み手してしまうのは、哀しい習性です)値札を見せて、
「20万円、いただきます」
 といった(まだ、消費税が導入される前の話です)。
「えっ?」
 と、女性が怪訝な顔をした。時間がしばらく停止した。
 女性は、急にそわそわしだすと、ごめんなさい、と小声でいった。
「あの、わたし、間違っちゃったみたい」
 女性が財布から取り出して手に持っていたのは、2枚の1万円札だった。桁を見間違えたのだ。
 女性はそれから、バツがわるそうに、そそくさとドアに向かった。置き去りにされた有金君は、ちょっとポカンとした。
 ドアをあけたのは、ぼくだった。女性がサッとすり抜けた。ぼくは女性の背中にあわてて声をかけた。
「ありがとうございました」(お買い物がなくても、ついお礼をいってしまうのは、哀しい習性です)
 だから、ショウウインドウを眺めるときは、商品に添えられたプライスをしっかり確かめなくてはいけない。ショウウインドウは、その店の顔なのだから。