ハンドバッグ 11

 馬のしっぽの毛を編んでつくられたハンドバッグがある。最良のものはドイツのコンテスというメーカーのバッグで、これはずいぶん高価である。
 しっぽの毛はヴァイオリンの弦にも用いられるが、これを編んでできる生地は、見た目が畳のようである。横糸にしっぽの毛、縦糸にシルクの糸を織り込んであるが、馬の毛は硬いから、触れた感じはナイロン糸のようである。
 古い織機で、1日に数メートルしか織れないという。世界でも数十台しか残っていない織機を、コンテスはほとんどおさえているが、それにしたって数十メートルしか織れないわけで、高価なのも無理はない。しかもコンテスは、その生地のムラになった部分を、半分がた捨ててしまうということである。
 正兼様(註、2005-02-13〜27「鉄塔 武蔵野線」参照)がはじめてみえたとき、反り返るようにして眺めていたのがコンテスのバッグだった。反り返るようにしていたのは、そのハンドバッグが飾ってある場所が高いケースの上だったのと、正兼様が小柄で背中が丸かったからだ。ぼくはいまでも、そのときの光景を憶えている。グリーンの四角いハンドバッグだった。
 ぼくは、昼休みをおえて戻ったところだった。裏のドアに鍵がかかっていたので、正面のガラスのドアからそっと入った。通りの騒音もいっしょに入ったせいか、上を見上げていた正兼様が、そのままの姿勢でこちらを見た。そして、あらあら、といった。
「このお店は、次から次から店員さんがふえてくるのね」
 一人また一人と、ランチから戻ってきたからだろう。
 正兼様のお相手をしていたのは、釜本次長だった。次長は、お客様が最初に買われたものを刷り込みしてしまう傾向があったから、このあと正兼様は、延々とコンテスのバッグをすすめられるはめになった。