ハンドバッグ 14

 世の中には、なんでもひとつのもので統一したがる人がいる。弁護士の花器沼先生もその一人だった。
 最初に花器沼先生にお会いしたときには、先生はゴールドファイルに凝っていた。ゴールドファイルはドイツのブランドで、上質な革としっかりしたつくりが自慢だった。小物から旅行鞄まで展開していたが、ゴールドファイルというのは金の矢じりのことで、どの製品にも矢じりを刻んだ金色の真鍮の丸いマークがついていた。
 花器沼先生は、このゴールドファイル製品を全部持っていたはずである。小銭入れ、財布、名刺入れ、眼鏡ケース、ペンケース、キーケース、セカンドバッグ、ショルダーバッグ、書類鞄、旅行鞄、それに事務所の机の上には、ペン皿とメモフォルダーが置いてあった。さながら、歩く広告塔である。
 しかし、花器沼先生は、人間がひとひねりしているから、みんなが知っているブランドなんかには目もくれなかった。ゴールドファイルにはわるいが、当時はそれほどポピュラーでなく、知る人ぞ知るといったメーカーだったからこそ、花器沼先生の眼鏡にかなったわけである。そのまえはヴァレンチノがごひいきだったようだが、有名になってみんなが持つようになると、とたんにすーっと興味が失せてしまったらしい。そういう御仁である。
 だから、イタリーのフォンタナが入荷すると、花器沼先生はいちはやく目をつけて、またそっくり買い替えた。しかも、旅行用とゴルフ用は別々に買い揃えて、ゴルフ用の鞄は車のトランクに入れっぱなしにした。無駄のようにもおもえるが、ご本人は至極合理的だと信じている。まあ、また広告塔となられたわけである。
 で、ここが肝心なことだけど、花器沼先生がセカンドバッグをさげて歩くと、どうひいき目に見ても金貸しのおやじにしか見えなかった。メーカーのほうでも、うちのブランドが有名になってからでなくてよかった、とほっとしていたかもしれない。