ハンドバッグ 26

 岸谷先生が、こんちは、といって入ってこられると、「このバッグと同じもの作ってよ」とおっしゃった。「ただし、色は紺でね」
 アイグナーだったかゴールドファイルの、くたびれたポシェットだった。男性もポシェットをかけて歩くのが流行った時期のことだ。先生はいつも、小さい手提げ袋をさげて歩いておられたから、きっとお嬢様にポシェットにするように注意されたのだろう。それで、以前使っていたものを出してみたら、なんだか古びていたというわけか。
 お預かりしたポシェットは、さっそくバッグ職人の高梨さんに見本として届け、見積もりを出してもらった。アイグナーやゴールドファイルよりも高いものになった。
「いいよ。どうせ同じものは、いま、探してもないもの」
 2週間して新しいポシェットが届いた。柔らかい上等のカーフで、いい色の紺だった。めずらしく永福町の会長がほめた。眼鏡を額の上のほうに持ち上げて、裸の眼でじっとみつめていたが、「これはいい出来だ」と呟いた。「こんなのを肩からさげたら、さぞ素敵だろうな」
 岸谷先生は、ポシェットなのに、肩にかけずに手に持って歩いた。ショルダー部分を短くたたんで、手提げ袋をさげるように持った。
(つづく)